2026年08月13日(木)

コラム・エッセイ

76年目

新しい出会いに向けて-この町・あの人・この話- 浅海道子

 昨日は76回目の終戦の日。コロナウィルス感染症まん延下、酷暑の中でオリンピックが開催されていても、広島、長崎の原爆忌、終戦の日と続くこの時期は、日本にとってそれ以上に大切な、忘れてはならない時だ。しかし、広島原爆忌にもオリンピック競技は何の関わりもないように行われた。

 オリンピック大会は日本の行事ではないから、それは受け入れられないことではないけれど、戦争の悲惨さの象徴となる原爆投下の非人道性を指摘し、核なき世界の実現を目指すという、式典式辞の最も重要な部分を首相が読み飛ばすという事態は、たとえ想定外のミスであったとしても、本当に重要な文言という意識があれば起こりえないことで、戦争の悲惨さの記憶の風化が日常社会でも政治の世界でも確実に進んでいることを示す出来事だった。

 76年という時間が経てば敗戦の悲惨さの記憶は風化されて当然なのだろうか。76年という時間は長い。日常生活の中ではほとんど話題の対象外の時間だ。

 しかし、その時間を生きて来たものにとってはその全てに実感が伴い、記憶の一つ一つを現在形で語ることが出来る。敗戦の瞬間の記憶はさすがに無いが、その後の、戦争によって被った悲惨さと苦難の記憶は、自分の中では少しも風化していない。76年という時間とはどれくらいのものか。

 今、敗戦後の苦難の記憶を語ろうとしている私が仮に敗戦の年にいたとしたら、私は明治維新直後の日本の姿を、教科書や遺跡が教えるものでなく自分の体験として子どもたちに語っていることになる。自分にとってはまだ途上に過ぎないと思っている76年間という時間は、世の中を激変させる歴史的な変化が起こるに十分な長さなのだ。

 自分が持つ様々な体験の記憶は、もはや過去の歴史として記録のみで伝えられている物言わぬ出来事に命を与え、記録では伝えきれない思いを若い世代に伝える役目を果たせるかもしれない。感動に満ちた成功体験は語りやすく、聞くに心地よく、請われれば勇躍して語り、請われなくても機会ある度に思い起こして語り、長く伝えることができる。

 しかし悲惨な体験は誰もが求めず、知りたいとも思わないから、体験を持つ者が語り伝えない限り悲惨な辛い記憶はやがて忘却され消え去る。そして忘却の後には密かに悲惨の種がまかれ芽を吹き、再び悲惨の体験を重ねることは歴史が証明する悲しい事実だ。

 戦争の悲惨さの体験と記憶を持つ者は、若い世代が悲惨の歴史に組込まれるサイクルが少しでも長くなるよう、自分の体験と記憶を内に秘めること無く、いつまでも語り伝える務めを果さなければと思う。
(カナダ友好協会代表)

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