コラム・エッセイ
リハビリを越えて
新しい出会いに向けて-この町・あの人・この話- 浅海道子ラグビーの試合中タックルを受けて頸椎損傷の重症を負い、下半身まひ。一生車いす生活を宣告された若者が周囲の励ましと懸命なリハビリを重ねた結果、1年後には自分の足で歩けるようになった姿が報道された。
満足に歩けるわけではなく、車いす生活には変わりはないのだが、車いすラグビーに挑戦する準備をする表情は明るい。負傷した直後に病院で医師が母親に「もう体は一生動かないでしょう」と告げている言葉を聞いて絶望した時の心境とは、天と地ほどの違いがあることだろう。
我がつれ合いは「その気持ち、よくわかる」と言う。16年前、頸椎椎間板ヘルニアが突然悪化し、文字通り一瞬のうちに首から下が全身マヒ状態になり、すべての感覚を失い、自分の手が足がどこにあるのか全くわからず、ただ頭に浮かぶことを大声で叫びながら病院の廊下を運ばれていったと、その時を思い出しながら語る。
「あの感覚は体験した者にしかわからんだろう。痛みは全くなく、口もきけるのだけれど、それ以外の感覚が全くない。緊急手術を受けて、気がついたらベッドの中だったが、体は無感覚のまま」。同様に手術を受けたその若者は懸命のリハビリ生活を開始し、最初に足の小指の感覚が戻ってきた時の喜びを語っていた。「それもわかる。私も術後数日経って右足の小指が少し動くのを感じたときは、思わず大声で叫んだ」。
若者は更にリハビリに励み、次第に失った運動機能を取り戻してゆく。
かなりハードなリハビリメニューに懸命に取り組む姿を伝える映像を尊さと感動で見つめ、彼をここまで苦痛に耐えながらリハビリに打込ませているのは、もう一度自分の体を自分で動かせるようになりたいという願いと、リハビリの苦痛の向こうにその願いを叶える結果があるという確信があったからだろう。
残念ながら、まだ車いすと共にの生活だが、競技への復活に近づいた彼には笑顔が戻っていた。それにしても医師からも見放された運動機能がここまで回復できるとは、本人の意志と努力の成果ではあるが、人体の回復力には全く驚くばかりだ。
「あなたもよかったね。車いすも必要ない生活が送れるまでに回復して。」「その通りだが、不思議なことに自分は回復しないことなど全く考えなかった。手術を受けたのだから、今日は昨日より、明日は今日より必ずよくなると信じて疑わなかった。だからリハビリ中も毎日楽しかった」。
そしてその通り今は不自由ない生活を送れている。運が良かっただけかもしれないが、悲壮な将来など一切思わず運命を受け入れるという楽観主義が逆に運を呼び込んだのかもしれない。この若者にもいい運がついてきますように。
(カナダ友好協会代表)
