コラム・エッセイ
李下に冠
新しい出会いに向けて-この町・あの人・この話- 浅海道子「瓜田に履(くつ)を納(い)れず 李下に冠を正さず。」
あらぬ疑いをかけられぬよう、身を正す心構えとして引合いに出されることの多い故事・成句で、様々な場面に当てはまって、反省材料となっている。
李(スモモ)の木の下で手を上げて冠を触っていると、スモモの実を取って冠に隠して盗んで行こうとしているのではないかと疑われてしまった。そんなこと全くの誤解だ。自分はただ冠(ぼうし)のずれを直していただけだと必死の弁解をすることになる。
瓜田に履を納れずも同様で、あらぬ疑いをかけられてお互い気分を害することになるが、そもそも疑いをかけられるような行動を自分がしなければ相手も自分も気分を害するようなことにはならなかったのだから、普段からそんな行動を慎むという心構えが大切だという教えだ。
その教えを改めて納得させてくれる実例を、最高権力者が提供してくれた。
政務秘書官の公用車使用観光疑惑。首相外遊に同行した政務秘書官が同行期間中に観光名所や有名デパートを公用車を使って訪れていた。何のために行ったのだ。公用車を使った私的観光ではないのかと報道されて大騒ぎに。国会で追及されると、いやあれは公的資料に使うための写真を撮りに行ったのだ、外遊のお土産を買いに行ったのだ。命じられていったのだから公務だ。私的使用ではないと苦しい弁明しきりとなった。
本当にそうだったのかもしれないが、突っ込みどころ満載の言い訳で、後味の悪い国会質疑応答となった。政務秘書官というのは何をする人か。
政務という文字からは、最高権力者の身近にいて、国の政策に関わる相談相手にもなる人かと思えるが、聞くところによると、実際には日常的な身の回りの世話、ネクタイの曲げを直したり、スーツの着こなしに気を配ったりといった類いの事が多く、身内の方が務めやすいのだということだが、それならそれで、もっと配慮が必要だったのではないか。
このところ政権への批判が強まり、あらゆる機会を捉えて足を引っ張るアラ探しに熱狂しているように見える政情の中で、例えあらぬ疑いであってもかけられる恐れがある行動をさせるべきではないし、そうならないように主人や自分の行動に最大限に目配りするのが政務秘書官の本来の役目ではないのか。
今回の出来事、やらした方にもやった方にも全く問題外の些事だったのかもしれないが、故事・成句そのままに、李下に冠を正し、瓜田に履まで納れてしまったような、我々庶民にもよくわかる事例になっている。
こうした事例が重なると、政権にとって最も大切な政治への信頼が回復困難にまで失われることを、為政者は肝に銘ずべきだと思う。
(カナダ友好協会代表)
