コラム・エッセイ
ゴールド免許
新しい出会いに向けて-この町・あの人・この話- 浅海道子齢を重ねて傘寿を迎えた後期高齢者ドライバー。指折り数えてみれば、初めて運転免許証を手にしたのが三十数年前だから、常日頃善良な模範的日本国民を自認している身に当てはめれば、無事故無違反継続でとっくの昔にゴールド免許のはず。しかし手に持つ免許証はどこから見ても青色ラインで、斜めにかざしてみても色は変わらない。
はて、なぜこんなことにと訝る思いで記憶をたどると、何気ない右折を待っていました残念でしたと言わぬばかりの、物腰柔らかで人の良さそうなお巡りさんの、でも決して見逃してはくれない反則金宣告や、ここは何の問題もないよねと独り合点の駐車違反など、人身事故、損傷事故、スピード違反がないのがせめてもの救いの、身に覚えのあれこれがたぐり出されてきて、免許証は空しく青線を続けていた。
そして今、たどり着いた人生の記念塚、普通なら更新の時期に合わせてここを潮時、重大事故の当事者にならぬうちにと周囲の呼びかけにすんなり応じて免許返上となるのが規定のコースなのだろうが、ちょっと待てと、意識の奥から呼びかける声。
「青線のままでいいのか?金色線の免許証を誇らしく返上する気分を味わうチャンスだよ」
その声に励まされ、意を決してこれが最後と免許更新に踏み出した。先ず第一関門は認知機能検査。運転技術のチェックに先立って、そもそも運転する資格があるのかとお上が設ける検査だ。
これまでも何度か経験済みだから、ふん、何でもないよと心では思うが、このところつとに人の名前が出てこないもどかしさを味わうことが多くなっているのは気がかりで、同じ思いの娘の特訓を受け、テストに臨んだ。
結果は見事に高得点でクリアーし、どんなもんだいという誇りを秘めて実技チェックに臨む。女性で高齢者と二拍子揃った受講者には極めて優しい検査員の慈愛溢れる眼差しに支えられて無事終了。
心配していたポカもなく、晴れてゴールド免許取得準備完了となった。あと数日に迫っていた更新期限ギリギリの、先日これも綱渡り状態だった、次年度事業応札資料提出よりももっと緊張の数時間だった。
思いがかなって遂に手にしたゴールド免許をこれまでにいただいた数々の賞と同様に、まつわる思いの重みを感じながら眺めていると、残るあと一つのゴールド免許、人生行路のゴールド免許はいつ手に入れることが出来るのだろうと新たな思いが広がってきた。
乗物は私自身。構造も性能も知り尽くしているはずなのだが、どうもまだ青線のままのよう。どんな道をどんな運転をしてきたのか、事故はなかったのか、違反はなかったのか、誰が判定するのだろう。
自分からは決して返上することのない人生行路のゴールド免許証をいつかこの手にすることを目指して、今日も明日も快適なドライブを楽しんでゆけることを願っている。
(カナダ友好協会代表)
