コラム・エッセイ
『コンベンション協会、ますますの飛躍を!』
伊藤博之の釣れ釣れ談議5月20日、ホテルサンルート徳山にて一般財団法人周南観光コンベンション協会の10周年祝賀会が開催されました。周南市観光協会から法人への移行は大飛躍ですが、たどり着くまでが大変でした。自分たちが移行に挑戦する前に行政の方々を交えて法人化の話があったそうですが、途中で終わったようです。
10年以上前、周南市観光協会は築港町の港庁舎の事務所の経済部の中にありました。国村さんが事務局長でその下に当時はパートで現在はコンベンション協会事務長の山田さんがいらっしゃいました。その時は観光協会の会長を自分が受けていました。たしか2期4年会長をさせていただいたと思います。週に何度か心ある人が集まって話を煮詰めていきました。
自分が会長のころは毎年、観光課に所属する部長さんが変わられたので、部長は1年で変わるものと思っていました。部長が変われば移行の話は止まりましたが、自分たちの観光協会を独立した法人化にする熱意に、変わられた部長さんの1人が色々とお知恵を下さったりお骨折り下さったりで法人への道が開けてきました。
法人化の協力をお願いに行った時には「そんなものはいらん」とお叱りを受けたり、また「頑張りなさい」と励まされたり。法人化への目処(めど)がたった時は全身の力が抜け、たまっていたストレスも消えてやり遂げた満足感が心地よかったことを思い出しました。
法人化へ向けて事務的な作業を一手に受けて処理していただいた、観光協会事務長の国村さんに祝賀会でお目にかかれなかったのが残念でした。祝賀会の中締めの前の挨拶で周南観光コンベンション協会の設立の原点を話したのですが、これがなければ法人化の協会設立はこんなに早くはなかったと思います。
観光協会総会の2日前、副会長に携わっていた私に突然会長への話があり、その条件は私の代わりの副会長をみつけることでした。会長選出は総会で決められます。副会長を誰にと思いついたのが「はつもみぢ」の原田康宏さんでした。当時はまだ専務だったと思います。原田茂社長に相談してからと思いましたが、総会まで時間がなく、気が付くと携帯を持って康宏さんに掛けていました。4〜5回呼び出しが鳴り康宏さん出てくれと念じていると「もしもし」と康宏さんの声。「今、東京です」と康宏さん。
明日が観光協会の総会で自分に会長の話が浮上していること、自分の代わりの副会長をみつけなければならないこと、東京から帰られたあと仔細をじっくり話すので自分を信じて了承の返事が欲しいと頼みました。
そして無理やり了承の返事をもらい、次の日の総会で「伊藤会長、原田副会長」が決まりました。コンベンション協会設立の4年前の話だったと思います。3代目、福田陽一会長10周年おめでとう!
(県磯釣連合会最高顧問)
