コラム・エッセイ
No.6 医食同源
中須里山通信 形岡 瑛「医食同源」ということに行き着いたのは,妻が再生不良性貧血を発症したことからだった。
2005年の7月の初め、朝突然右の脇腹に激痛が起きた 。咄嗟の判断で、徳山中央病院に直行、外来診察の待合所まで付き添ってから、自分の仕事に出た。ところが、昼になっても連絡がない。3時過ぎになったので病院に行ってみた。外来診療の待合で妻は悄然として座っている。
極度の貧血で即入院というのだ。原因は未だ不明。白血病か異形成かあるいは再生不良性貧血かあるいは他の原因か、検査をしないと判明しない。その検査だけで一カ月はかかる。骨髄異形成と云えば、先輩の武井宏一議員が退任直後に亡くなっている。ずんというような衝撃が頭からつま先に降りていったような感じがした。
8月に入って再生不良性貧血の中等症との診断が下った。幸いに重症ではなくグロブリン血清の投与と輸血による血液の維持が続けられた。
その頃の私は傍の目には声をかけるのもはばかれるような顔をしていたようだ。自分は一生懸命だったと思う。朝病院に行って妻の顔を見て、昼食時にも行く。時には、自分の方が疲れて妻のベッドに横になって休んだりした。
9月には退院、自宅療養。もう治療というものはなく、輸血で支えながら回復を待つ。ずっと輸血が続くかも知れない。
食事療法を考えた。毎朝の味噌汁は鰹節と昆布の出汁に。みなみ銀座の朝鮮の食材を扱っている店で朝鮮人参などを求め参鶏湯をつくったりした。
薬膳の勉強をと本屋に行き、そこで辰巳芳子さんの本と出会った。「医食同源」=薬膳とか朝鮮人参とか特別ものではなく、旬のものを旬に食するの一番だと知る。しかし、それは無農薬栽培でなければならない。
妻の病室からスケッチした徳山湾(2005年7月)
