コラム・エッセイ
No.29 「悲しき農村」⑩ 稲作9年目(2)
中須里山通信 形岡 瑛育苗は2年目からなので8回目となる。つまり、いままで7回しか経験していない。そのうち、ここ3年、発芽むら、生育むらが甚だしく、煩いの元となった。
ことしは、満を持して取り組んだ。とりわけ、あれこれの農業関連以外のものは排除して育苗に集中した。集中していないと、ついうっかりと手が抜けることがままある。
種籾は生物の仕組みとして発芽し、種の中にある養分で芽を出し根を出す。少し大きくなると根から土の中の養分を吸収して生長していく。一つ一つの種籾が一つの生命体である。
4月1日に浸種開始、15日に一部で発芽し始めたので、水温を上げ、揃って芽が出るように促した。(催芽)
それを確認すると引き上げて少し乾燥させて冷蔵庫に収納、芽止めをする。その間に、苗床を作っておく。種籾を入れた苗箱を苗床において並べる。19日にそれを終え、3週目が過ぎた段階では,私の経験としては初めてと言って良い、良好な状態になっている。(写真)
このような状態になるのが普通なのである。当たり前なのである。その当たり前のことが、筆者は、なかなか出来なかったと云うわけだ。それも、多少の経験と勉強をした今だから言えることだ。
始めたときには、何にも知らない、経験もなかった。農薬、除草剤はさておいて、肥料は何か入れないとと思っていた。友人にどんな肥料を使うのか聞いたところ、鶏糞堆肥を使っているというので、ペレット鶏糞を仕入れた。どのくらい入れたらいいか、見当もつなかないので、これでもか、と云うほど、入れたところ、よくできた。
「形岡は、はじめてにしちゃようつくっちょる」と云う。しかし、内実はそうではなかったのである。
