2026年06月01日(月)

コラム・エッセイ

No.32 「悲しき農村」⑬ 稲作10年目(5)

中須里山通信 形岡 瑛

2022年6月4日、中須南久保。正面の丘の上の校舎は元中須中学校、ここに大田原自然の家が移転することになっている。

 写真は代掻きをして田植えができる状態の田んぼだ。これを代田という。代は白であり、糊代とか伸び代と同じ。代田は植え代である。苗を植えるところで、田起こしをし、水を入れて代掻きをして、草も昨年の稲株もすべてきれいにした状態、つまり白である。

 田植えが済むと泥落としをして休養をするのが古来からの風習だが、泥落としのことを「代満て」とも云う。代田が苗で一杯になったということである。逆に云うと、何もない白地がなくなったということでもある。因みに筆者が子ども頃、何か醤油などがなくなると「はぁ みてた」と云っていた。「みてる」という言葉に、「一杯になる」というのと「なくなる」というのと、相反する意味がある。田植えが済んで代田が苗で一杯になる=満てるのは、白地が無くなる=みてるということで、物事の裏表を表している。

 代掻きをした代田には、一気に田植えをしなければならない。そのままにしておくとヒエやコナギなど雑草がはびこって米ができなくなる。田植機が出来る前は、男達が苗代から苗をとって両天秤の竹篭に担いで代田に配り、それを早乙女が植えていく、腰をかがめて一気にやり上げるので、田植えは、前回紹介したように「死出の山」に入るほど苦しい仕事になる。芭蕉の「おくの細道」に「田一枚植えて立ち去る柳かな」というのがある。栃木県那須の蘆野に西行ゆかりの柳の木を訪ねて一休みしている間に、目の前の田んぼ一枚田植えが終わっていたという句だ。

 今は、田植機があるのでそんな光景はめったに見られない。が、機械植えにしても、代掻きから植え付けまで、一気に済ましていく作業はけっして楽ではない。技術的にも熟練が必要である。筆者は、10年目にしてようやく要領がつかめたという実感がある。

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