コラム・エッセイ
No.34 「悲しき農村」⑮ 稲作10年目(7)
中須里山通信 形岡 瑛江戸時代の農学者宮崎安貞「農業全書」(*)には、「芸(くさぎ)る事」=除草作業について以下のような記述がある。
《苗は植え付けて十日ばかりで活着するが、その時には「草はいまだ目にハ見えねども、早草の根ハ土中にはびこるなり。上の農人ハ見えざるに芸(くさぎ)り、中ハ見えて後芸(くさぎ)り、見えても又とらざるハ、これを下の農人と云うなり。》
これは「上農は草を見ず、中農は草を取る、下農は草を取らない」というふうに紹介している例もある。代掻きをして植え付けをして苗が根づく間にも草は土の中で根を生やしている。その草が見えないうちにとってしまうので、上農は草を見ることがない、草が生えてきて目に見えるようになってとるのが中農というわけだ。
植え付け後すぐに生えてくる草を一番草と云い、以下「段々五番までも芸(くさぎ)るべし」としている。その間に油断して取り残しがあると、「手風に触れて却ってはびこり、苗を妨ること甚だし」というのである。
つまり、取り残しをして草取りをしていると、残った根から出た芽に日が当たったりしてはびこってしまうのだ。筆者の経験でも思い当たることが多い。コナギはいったん取り尽くしたと思っても、一週間もすれば、いっそう盛んになって田んぼを覆い尽くしてしまう。その隙を与えず、苗が大きくなるまで取り尽くしていくのは 大変な重労働である。除草剤が使われるようになって、農家はその重労働から解放されたのであるが、筆者は、身体的にも大きな負担がかからないで、誰でもできる除草剤を使わない方法を探求して来た。除草という考えを捨てて「抑制」を目標とする。
写真は植え付け後5週間のにこまるの田んぼ。ヒエは1本もない。水の底にちらほらとコナギが出ているが、この程度だと、これが大きくなって広がっても、それが日光を遮ってそれからあとのコナギの発生を抑制する。これを全部とろうと中途半端なことをすると、先述のように新たな芽を酸素に触れさせ日光に当てて却って繁茂させることになる。問題は、これで収量がどうなるかと云うことだ。
*=元禄10年(1697年)刊行
7月11日中須南久保
