コラム・エッセイ
No.41 農村の希望(1) 限界集落③
中須里山通信 形岡 瑛2009年の夏、筆者は、高知大学の大野晃先生に倣って市内の限界集落の調査を試みた。
今、それらの集落はどんな様子だろうかという思いに駆られ、1月10日午後、好天に誘われて、出かけて行った。
まず、巣山の杉ノ河内へ行った。徳地境の石ヶ岳(924メートル)から湧き出る渓流杉ノ河内川沿いの集落である。県道から狭い谷間を通り抜けると“河内”という名が示す通り、山から流れてきた土砂が川が蛇行しているところに堆積してできた平地があり、田んぼが拡がっている。
隅々まで手が行き届いていているのに感服した。(写真)道路脇に止めた軽トラから運んできた落ち葉を下ろして田んぼに入れている松原さんに声をかけた。
「きちっとしちょってですね」
「みんなが熱心じゃからね」
「何軒でやりよってですか」
「4軒」
「お宅は、80?」
「まぁ、みんな、そんなところ」
「わたしも、中須で米を作りよりますが、75じゃけど」
「そりゃ、まだまだじゃねぇ」
前に来た時に、ワサビ栽培の話しを聞いた宇佐川さんには出会えなかった。
「最近は、気温上昇で思うように出来なくなった。ワサビは米がよく出来るような時には出来が悪い。冷害になるとワサビはよく出来る」ということだった。
杉ノ河内の西には休火山の白井ヶ岳(746m)、山頂直ぐ下の北面に火山灰で出来た白井ケ原(標高600メートル、20ヘクタール)がある。かつてはスキー場であった、その後、鹿野町が牛の放牧場にしたのだが、それも頓挫した。
豊富な湧き水が流れており、ワサビもここら辺りまで上がるとよくできるのではないかと思ったものだ。
杉ノ河内
