コラム・エッセイ
No.43 農村の希望(1) 限界集落⑤
中須里山通信 形岡 瑛下っていくと、川を挟んで家の対岸の畑でてきぱきと作業をしている若ぶりな人が見えた。家もその周囲も、畑も手が行き届いてきちんとして居る。(写真)行って見るとご当人だった。
「おいくつになられました?」
「やぁ 90ですいの」
「奥さんは?」
「去年亡くなりましたいの」
「そりゃお寂しい」
「いずれ人間は独りになる。どこにおっても一緒」と云われる。
筆者も75だから、自分か妻かどちらか独りになるのも遠いことではない。
「そうですいね、なかなか一緒に逝くことにはならんですいね。」
息子さんが鹿野の街に居て、頻繁に来られるそうだ。写真をとお願いすると、ぐいと背筋を伸ばして「おう」。(写真)
鹿野の周辺部の集落では他でも、息子さんが鹿野の街に移っていて耕作などに通っている例があった。秘密尾に住んでいなくても。家や墓の管理などに通っている人も少なくない。氷見神社の祭りには大勢の人が帰ってきて賑やかになるとのことだ。
上流のワサビ栽培のご夫婦の消息を尋ねると、大分前に亡くなったと。
「まだ70で若かったんじゃがのう」
原田さん
原田さん宅
