2026年06月01日(月)

コラム・エッセイ

No.46 農村の希望(1) 限界集落⑧ 四万十川中流の集落を訪ねて(一)

中須里山通信 形岡 瑛

椎茸

 写真のように椎茸はクヌギ、ナラなどの木に椎茸菌を付着させた種駒を打ち込んで日陰に水分が十分保たれるようにして伏せておくと生えてくる。

 筆者がこの栽培方法が開発されたいきさつを知ったのは、2009年7月、高知県の四万十川中流の古城の集落(四万十町十川)を訪ねた時だ。

 人工的椎茸栽培は、江戸時代の末期から明治時代にかけて盛んになり、1942年(昭和17年)森喜作による純粋培養菌の種駒を打ち込む方法の完成で、産業として拡がっていった。人工的栽培には、椎茸から胞子を採取し鋸屑などに混ぜ込んで原木に付着させるなどの方法が考えられたが、効率が悪く、大分などの大規模生産地では、原木に鉈で傷をつけて日光を遮断し湿気のあるところに伏せておく「なため方式」が主流であった。半分は自然任せの方法であった。椎茸は、他のキノコと同様、高温多湿の気候風土の元、落葉広葉樹林のなかで見られたものだが、その味覚が優れていることから、特別な食材として重宝されてきた。人工的栽培の普及で産業として成り立つようになった。

 今、ホームセンターの店頭に並んである種駒の箱に製造元として「森産業」と記してあるのは森喜作が起こした会社である。

 森は、昭和10年代の中頃、京都大学在籍の時、フィールドワークで大分県の山中で老婆が横に伏せた原木の前で
「どうか茸(なば)よ出てくれ」と祈っている姿に出会った。その願いに応えようと研究を重ね、純粋培養種菌駒法を確立したのだった。

参照=森喜作『シイタケの研究』1963年 森食用菌蕈研究所

LINEで送る
一覧に戻る
今日の紙面
山口コーウン株式会社

「安全で 安心して 長く勤められる会社」をスローガンに、東ソー株式会社等の化学製品を安全かつ確実にお届けしています。安全輸送の実績でゴールドGマーク認定を受け、従業員が安心して働ける環境と「15の福利厚生」で従業員の人生に寄り添っています。

ピアレックス

遺品整理でお困りではないですか?県内出張見積は無料!不動産売却や空き家じまい(解体)もお気軽にお問い合わせください。

西京銀行

【取扱期間 2026年4月1日~2026年9月30日まで】お預け金額10万円以上。手続き不要!さいきょう定期預金の金利で満期後自動継続。詳細は西京銀行までお気軽にお問い合わせください。

サマンサジャパン

来院者の方へもっと目配り、気配りをしたい。物品の補充や搬送に時間を取られる・・・
サマンサジャパンでは医療従事者の方がより医療に専念できるよう、コンシェルジュ、受付、看護助手、清掃、設備など様々な業務を行っています。