コラム・エッセイ
No.61 農村の希望(2)「自然農法」2
中須里山通信 形岡 瑛福岡正信が否定する「科学的農法」の端緒は19世紀の化学者リービッヒ(ドイツ、1803年─1873年)の「無機栄養説」である。リービッヒは、農作物の栄養となるのは、草や動物の死骸、糞尿などの有機物が分解して出来るアンモニア態窒素(*)などの無機物質であることを明らかにした。当時のヨーロッパの農業は、これらの養分を作物に吸収させ、養分がなくると、違うところに農地を求めていくものだった。それをリービッヒは「略奪農法」と呼んだ。
1906年、空気中の窒素からアンモニアを工業的に製造することができるようになると、化学肥料が合成され、それによって栽培ができるようになった。農業の工業化の始まりである。
化学肥料は作物が吸収できる無機物質であるることから、効果が早く収量も上がる。しかし、ともすれば過剰になりがちで、余分の窒素がアンモニアや硝酸という有害物質として残留し、不健康な作物となる。そこに、虫やイモチなどの病原菌がとりつく。云ってみれば、農薬が必要となる原因を自分で作っているのだ。(**)
有機物の分解は「土壌中の動植物の生活循環」のなかで進行する。この有機物の分解で重要な役割を果たすのが微生物である。「自然農法」は、その「生活循環」を保持するもので、肥料を投入する必要はなくなり、病虫害に犯されることがなくなるのだ。そのためには、厳しい栽培管理が求められる。福岡正信は「僅かな失敗が、大きな失敗になることもある」と指摘している。(『わら一本の革命』p57)
*=アンモニアは窒素と水素の化合物。植物はこうした化合物の形でないと窒素を吸収できない。
**=有機肥料でも、窒素が過剰になると同じことになる。
「のぶこの畑」(準不耕起、ほぼ無肥料、農薬不使用)では、難しかった白菜も、ここ2、3年で立派に出来るようになった。(11月15日)
