2026年06月06日(土)

コラム・エッセイ

第20回 スペイン・インフルエンザとマスク(1)

大正期 スペイン・インフルエンザと山口県の人々 小林啓祐

 前々回と前回で、スペイン・インフルエンザが猛威をふるっている最中に売上の上がったものとして、薬と氷を紹介しました。今回は、現代のコロナ禍でも売り上げが急増したマスクが、100年前のパンデミックでどのように扱われていたのかを紹介していこうと思います。

 まず、この時期にマスクはどの程度知られていたのでしょうか。少なくとも、『防長新聞』を見る限り、「マスク」という言い方自体あまり浸透していなかったようです。「第一波」の1918年11月2日の『防長新聞』の記事では、インフルエンザに罹らないために注意すべき点として、まだマスクをしようという指示はなく、飛沫によって感染するので、それらが鼻や口から入らないように「注意する事」とまでしか書かれていません。

 「マスク」という言葉は出てこないのですが、口を覆うことの必要性を報じる記事は「第一波」の時にもあります。1918年12月19日「流行末期の感冒は悪性 可成口葢を使用せよ」という見出しの記事が載ります。記事の内容は、識者に現状を聞き「流行の末期」であっても油断はならない、という警鐘を鳴らすものです。さらに、東京ではインフルエンザの猛威が下火になっているものの、死者が比較的多かった理由が未だわからないとしています。そこで、「口葢を使用しなければならぬ」という文が出てくるのです。読み仮名が書いていないのでどのように読むのかは推測ですが「こうがい」でしょうか。「こうがい」は現在では口と鼻の間の部分を指しますが、ここでそのような意味でとると意味が通じません。「葢」は「ふた」とか「かさ」と読みますので、口を覆うもので間違いないでしょう。口葢を使うケースとして挙げられているのが「一般の人が患者に接する場合」としています。すでに紹介したように、第一波の初期の時点で飛沫感染することは理解されていたので、それを避けようとしたのでしょう。

 「マスク」という言い方はまだ定着していなかったようですが、飛沫感染自体はわかっていたので、それを防ぐために必要なものが準備されるようになったと考えてよいでしょう。おそらく一般の人にとっては普通でなかった「マスク」。当時の人も何と呼ぶのか困ったのではないでしょうか。

1918年12月13日『防長新聞』 =県立山口図書館所蔵

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