コラム・エッセイ
第21回 スペイン・インフルエンザとマスク(2)
大正期 スペイン・インフルエンザと山口県の人々 小林啓祐前回、今でいう「マスク」が登場したと思われる記事を紹介しました。今回は「マスク」という言葉が出てくる記事について紹介します。
第二波中の1919年11月29日から30日に掲載されたインフルエンザ予防に関する記事で「マスク」という言葉がはじめて登場します。興味深いので1文抜き出してみます。
「人の集まつて居る場所、電車、汽車などの内では必ず呼吸保護器(レスピレーター又はガーゼマスクともいう)を掛け、それでなくば鼻、口を「ハンケチ」手ぬぐいなどで軽く被ひなさい 「ハンケチ」も手拭もあてずに無遠慮に咳する人、嚏をする人から遠ざかれ」(嚏は「くしゃみ」)
ちょっと書き方が古いので読みづらいかもしれませんが、雰囲気はわかってもらえたでしょうか。
現在で言えば、密になりやすい場所ではマスクをする、ないしは咳エチケットに気を付ける、という今でも通用するような指示が出されていたことがわかります。レスピレーターは今では「人工呼吸器」のことを指すようです。マスク自体は明治時代にすでにあったようですが、まだ「マスク」という言い方が定着していないので、こういうことが起こったのでしょう。ちなみに当時のマスクがどのようなものだったのかですが、形状は様々だったようです。今でも残っている写真などをみると今でも使うガーゼマスクとそっくりのものをされている人がいます(小学校の給食配膳の時にするマスク、と言ってわかってもらえるでしょうか)。必ずしもガーゼマスクのようなものをしているわけではなかったようですが、昭和生まれの人にはなじみのある形状じゃないでしょうか。
マスクは第一波が進行する中で山口県の人たちに次第に浸透していき、第二波のころには説明なく新聞記事に用語として使われるようになるので、ある程度浸透したと考えてよいのではないでしょうか。当時の人たちにとって、マスクは「ニューノーマル」だったに違いありません。
1919年11月30日『防長新聞』=県立山口図書館所蔵
