コラム・エッセイ
葉月(二)
随想 季節の中で 西﨑博史(周南文化協会会長)ふるさとでお盆を迎えた人も多いでしょう。コロナ禍で遠出を自粛していた人たちは行動制限がない中で、3年ぶりに帰省して家族との再会を楽しみました。
中島みゆきは自ら作詞、作曲した『帰省』でこんな言葉を綴っています。「束の間 人を信じたら もう半年がんばれる」。ふるさとの自然に育まれ、人は成長します。進学や就職、結婚でふるさとを離れて新たな生活を始め、社会の厳しさも知ります。
年に二回、8月と1月。疲れた心身を癒してくれるのがふるさとの温かさです。家族や旧友との語らいが何とも心地好いです。前置きは要りません。同窓会もそうです。学生時代は話したこともない同級生ともすぐ打ち解けます。時の経つのを忘れて話に花が咲きます。同じ時間を共有したからでしょう。同級生っていいなと思えます。
「夏が過ぎ 風あざみ」で始まる井上陽水の『少年時代』は、新聞社の読者ランキング、陽水の聴きたい曲で断トツ1位。「八月は夢花火 私の心は夏模様」で結ばれます。子どもの頃の日々が走馬灯のように思い出されます。陽水は1948年8月生まれ。まさに団塊の世代。福岡の炭鉱町で育ち、父と同じ歯科医を目指して失敗、シンガーソングライターとして大成しました。
私は1950年8月生まれ。8月生まれの人には親近感を覚えます。馬が合うというのでしょうか。価値観を同じくして共感できる仲間が多いです。「人」という文字は支えられた形でできています。「人間」は人の間と書きます。人と交わることで学んで磨かれていきます。ネット社会で情報は一挙に増えましたが、人間がもたらす情報ほど豊かなものはありません。言葉を交わすことで相手の興味も、関心も分かります。表情一つで心の動きが読み取れます。それらの情報を基に心地好い会話を楽しみます。この齢になると、何が欲しい、どこに行きたい、ではなく、気の置けない友との語らいが何よりのご馳走です。
詩人も望郷の詩を詠みます。「ふるさとは遠きにありて思うもの そして悲しくうたふもの」「ひとり都のゆふぐれに ふるさとおもひ涙ぐむ」。金沢で寂しい少年時代を過ごした室生犀星の『小景異情』の一節。彼も故郷を懐かしみます。東京で暮らした高村光太郎の妻、智恵子にとっての「ほんとの空」は「阿多多羅山の山の上に出てゐる青い空」。福島の二本松で育った智恵子の心の風景です。
故郷の自然と人に力を得て、また半年がんばれます。
