コラム・エッセイ
第四十一手 「囲碁の面白さ①」
「碁」for it 小野慎吾囲碁を始めた方からの質問で「囲碁の面白さはどのあたりですか」と聞かれることがあります。自分自身は「楽しい」からやっているのですが、その楽しさをうまく伝える事は出来ません。各個人にて面白さは違うと思いますが、囲碁にハマっている人に共通している事は「対戦して勝ち続けている時期がある」という事です。
最初に囲碁を覚えた時期はどうしても、上のクラスの人しか周りがおらず、対戦してもほぼ勝てません。そこでどのようにしたら勝てるだろうか、もしくは勝つまでやるぞ!といった方は囲碁が強くなる傾向にあります。
負けていく中で、「この戦略は通用しなかったから、今度はこっちにしよう」という気付きなどが自身で生まれてきます。それが自身のイメージ通りで局面が展開し、勝った時の爽快感はどのゲームよりもあると個人的には思っています。
また一度勝ってしまうと、次々といい戦略が自身で思いつき、いつの間にか誰と対戦しても勝つ事が多くなります。勝つ事が多くなると、強い対戦相手と打つ機会が生まれ、自身より強い人と打つと負けてまた研究をします。その結果戦略を思いつき、また勝つようになり…といった繰り返しで囲碁は強くなる事が多いと思います。
そのように強くなり、一定のクラスまで到達すると勝ちに対しても自身が納得の勝ちではないと気持ち悪い気分になります。
当教室の生徒でも、自身の思いついた戦略で勝利の道が見つからず、たまたま相手が「ポカ」(意味:思いも寄らない失策・ミス)で自身の勝利が転がってきても上の文章の様な気持ち悪い気分になる子が多いようです。
自身が研究を続けているからこそ、相手がこのような行動をしても、自分としてはこのように行動すれば必ず「勝利」できるというビジョンが思い浮かびます。そのため勝ちのビジョンが見つからないのにたまたま勝ちが来たという事は一人の「囲碁棋士」として悔しい事です。
自身での囲碁に対して「完璧」に相手に勝つというのがプレイヤーとしての究極目標です。どんな一局でも本当の意味で完璧に勝ったという事はありません。
私自身、囲碁の面白さと言うのはこのようなところにあると思っています。そのため囲碁をし始めた方での囲碁の面白さというのは、もうすでに筆者は忘れているように思います。永遠に叶わない夢かもしれませんが「完璧」を目指したいです。
そのような事に対して面白いと思える方が囲碁は非常に向いていると思います。
自身での完璧を求め「碁」for it(頑張る)!
アメリカ人のドノバンさん(1級)
