コラム・エッセイ
第五十九手 「私の師匠① 山田太喜三プロ⑵」
「碁」for it 小野慎吾「師匠」のエピソードを引き続きご紹介したいと思います。中学の終わりより山田先生に教えを乞うことになり、高校に入ったころに先生から「研究会」の誘いを受けました。
研究会がどういうものかというと、囲碁の実力者同士が複数集まり囲碁の対局・研究をすることで研鑽(けんさん)をしていく会です。梅園町にあったマンションの一部屋でそれは行われていました。
医者・税理士などの方が多く在籍されていました。先生のファンは多く、わざわざその研究会用にマンションを借りたということでした。今思い出すとガランとした部屋に足付き碁盤が4面位あり、後はテレビと冷蔵庫のみという部屋だったように記憶しています。 毎月1回土曜日に開くということで、良い囲碁の勉強になると思い毎月通わせてもらいました。自分より強い人が多く、大変勉強になった記憶があります。
ですが、それ以外にもその研究会での楽しみがありました。午後1時から始まり終わりはだいたい6時くらいでした。必ずと言っていいほど終わった後は、寿司を出前で取っていました。研究会の皆様のご好意で寿司を夕食で食べさせて頂いていました。本来は習う側のため、研究会に参加するのには会費がいるはずでしたが、少年?という事で免除して頂いていたと思います。また寿司も無料?で食べることが出来るため囲碁を頑張ったらこんなにいいごほうびがあるのかと当時は思っていました。(笑)
大学に進学してからは行けなくなりましたが良い思い出です。20年以上前のことですが、その研究会に在籍されていた方がお元気でいらっしゃることを願うばかりです。
先生はあまり自身のことについて語ることはありませんでしたが、2つだけ自慢のエピソードを聞きました。1つ目は「藤沢秀行・名誉棋聖」と公式戦で対局した事があるということでした。藤沢秀行プロ(故人)は囲碁を打っている者であれば知らない人はいないほど有名な昭和を代表するレジェンド棋士の一人です。対局結果としては負けた様ですが対局できたこと自体を誇りに思っているとおっしゃっていました。
2つ目は、韓国で囲碁の実力を高く評価されたということです。先生は若かりしころに数回ほど韓国に「囲碁旅行」に行かれたようです。山口県の気の合う囲碁愛好家と複数人で行っていたと聞きました。現地で囲碁対局をした結果、先生以外の皆さんは負けることが多かったようですが先生が出るとだいたいは勝っていたようです。現地の囲碁実力者から「この方は強いが誰なんだ?」と聞かれたのが大層うれしかった様です。(笑)
ストイックな先生でしたが、たまに話される内容は茶目っ気があり私は好んで聞いていました。自身もそのように囲碁の後輩に語って貰えるような存在になりたいと思う次第です。
後輩に語って貰えるよう「碁」for it(頑張る)!
徳田プロのサイン(将棋)※碁会所に飾っています。
