コラム・エッセイ
第六十二手 「日本棋院・徳山支部のあゆみ② 渡辺良作先生⑴」
「碁」for it 小野慎吾日本棋院徳山支部は諸先輩方の尽力が無ければ設立後に上手くいってなかったと感じます。いかに諸先輩方の偉業が素晴らしかったかを少しでもお伝え出来ればと思います。今回は約30年以上、徳山支部の支部長及び山口県支部連合会の会長をされた「渡辺良作」先生のご功績を振り返ります。
その中でも一番は平成24年に「大倉喜七郎賞」を受賞された事です。本賞は日本棋院が「日本棋院の創設者である大倉喜七郎をたたえて1964年からプロ・アマチュア、国内外を問わずに囲碁普及に特に功労のあった方に贈られる賞」です。
渡辺先生受賞当時、本賞を受賞した方は1978年に周東英雄さん(元農林大臣)、84年に岸信介さん(元首相)に次ぐ29年ぶり3人目の受賞でした。それ以降、県内で同賞を受賞された方はいません。
当時、渡辺先生はメディアの取材を受けており、そちらもご紹介します。「同賞はそうそうたる人に贈られてきた賞。非常に名誉なことで大変うれしい」と笑顔で答えられたそうです。
具体的な普及活動は以下です。73年に日本棋院徳山支部創立・支部長を務めます。75年には徳山駅周辺商店街の銀座通りに100以上の碁盤を並べ、日本最初の街頭囲碁を開催しました。「徳山夏祭りに合わせて行い、子どもから大人までが浴衣姿で囲碁を楽しんでいた。」と渡辺先生は当時語っていました。筆者自身もこの街頭囲碁に参加した記憶があり、大人になった現在では記憶違いかと思っていましたが、改めて本原稿を作成時に事実だったことを思い出し、うれしく思います。
渡辺先生は「囲碁を打つだけでは半人前。人の世話をして初めて一人前になる。」がモットーだったと記載があります。記事を見て身が引き締まる想いです。囲碁を通じた国際交流にも貢献し、国際囲碁友好会の副理事長として、100カ国以上を相手に学生を親善試合に送り出したり、受け入れたりする普及活動をされました。
こうした姿勢が高く評価され、受賞の大きな理由になったそうです。1988年には日本棋院県支部連合会会長(県内囲碁のまとめ役)に就任され、長らく最前線でご活躍されました。
簡単ではございますが、渡辺先生の主な普及略歴をご紹介しました。今では私も、人のお世話をさせて頂く立場になりましたが、そこで改めて先生の偉大さを感じています。
次回も引き続き渡辺良作先生についてご紹介します。
同賞受賞を目指し「碁」for it(頑張る)!
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