コラム・エッセイ
(6)ロマネスコ
再々周南新百景 佐森芳夫(画家)台所に不思議な形をした野菜が置いてあった。名前を聞けば、「ロマネスコ」という答えが返ってきた。ロマネスコという予想外の名前に驚かされたが、それ以上に野菜とは思えないほどの美しい姿形に目を引かれた。
どうやら、カリフラワーと同じ仲間らしいが、実際にブロッコリーを育てたことがあっても、カリフラワーとブロッコリーの違いがよく分からない者にとっては、ロマネスコの正体を理解することは何よりも難しい。
ロマネスコを見れば見るほど頭の中が混乱してくる。いったい誰が何の目的でこのような物体を作りあげたのだろうか。これほどまでに、緻密で複雑な文様を生み出すことができる能力は、どこから来たのだろうか。
現在人間が持ち合わせている能力は、その秘密を「フラクタル」という言葉を用いて説明できる程度に過ぎない。「フラクタル」という言葉の意味は、部分が全体と同じ形を持っているという自己相似性のことになる。
自己相似性とは難しい言葉であるが、実際にロマネスコを観察してみると、確かに同じ形が繰り返されているのがよく分かる。円すい形をした小さなつぼみが、らせん状に並んで同じ円すいを幾つも作り上げている。
その様子を静かに見ていると、美しいというだけではなく、まるで人間社会を高い所から見下ろしているように思えてくる。世の中に不満があるわけではないが、まさに俯瞰図(ふかんず)と言ったところであろうか。
小さな頂(いただき)を目指して四苦八苦している姿と小さな頂に立ったことでお山の大将になったつもりでいる滑稽な姿とが入れ混ざっているように見えるが、そこには運や努力ではない自然の営みがあるだけである。
そんな偏った見方は、清く美しいロマネスコに相応しいとは言えないであろう。それよりも、決して見逃せないのは、ロマネスコのつぼみの並び数が左右とも「フィボナッチ数列」になっていることの不思議である。
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