2026年05月28日(木)

コラム・エッセイ

(23)加持石(かじいし)

再々周南新百景 佐森芳夫(画家)

光市の室積半島先端に象鼻ヶ岬(ぞうびがさき)がある。その名前の通り象の鼻のように細く伸びた岬であるが、外観よりも、普賢寺の本尊である普賢菩薩が象に乗っていることに関係しているのかもしれない。

 また、天の橋立に似ていることから、周防橋立とも呼ばれてきた美しい風景は、古くから多くの人を魅了し続けてきた。それを伝える一つが、大峰峠に向かう途中の象鼻ヶ岬を一望できる場所に残されている。

 それが、平安時代前期の宮廷画家、巨勢金岡(こせのかなおか)が象鼻ヶ岬の山水画を描こうとしたところ、その美しい景色に描くことをあきらめて筆を捨てたと伝えられている「筆捨松(筆掛けの松)」である。

 しかし、象鼻ヶ岬は風光明媚というだけではない。江戸時代末期に長州藩によって築かれた砲台跡の室積台場(女台場)や普賢寺に関係すると思われる遊女の歌碑、弘法大師と関わりを持つ大師堂などがある。

 いずれの場所も興味深いが、今回は大師堂に注目してみた。江戸時代に編纂された『防長寺社由来』や『防長風土注進案』などに書かれている海蔵寺を読んでみると、大師堂と弘法大師の関係が分かってくる。

 これらによると、大同元年(806)、弘法大師は唐から帰国する途中で象鼻山に立ち寄っている。遣唐使として唐に渡った2年後のことであろう。二夜三日護摩供養を行い自らの姿を木像に刻んだとされている。

 大師堂以外にも、弘法大師は大きな足跡を残している。周辺の渚にある小石は、弘法大師の加持石と言われ、取ってはいけないとされる。ただし、痘瘡(とうそう)にかかった者だけは持ち帰ることが許された。

 持ち帰って、心願成就(しんがんじょうじゅ)したのちには、他の石を倍にして返すよう伝えられている。大小さまざまな石がある中で、いったいどのようにして「加持石」を見つければいいのかは不明である。

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