2026年05月28日(木)

コラム・エッセイ

(24)殿様石

再々周南新百景 佐森芳夫(画家)

 JR新南陽駅から北に向かって続く県道3号新南陽津和野線の一部区間が、「ゆめ風車通り」と呼ばれている。その名前は、すぐそばのTOSOH PARK 永源山(永源山公園)にある「ゆめ風車」からつけられたものであろう。

 その「ゆめ風車通り」には、小さな公園が数か所ある。そのうちの一つが、自然石に「水分け公園」と彫られた公園であるが、なぜ、「水分け公園」という少し変わった名前が付けられているのかは良く分からない。

 せっかく造られた公園であれば、名前が付けられた理由が分かれば親しみがわくのではないかと思っていたところ、関連する記事を『新南陽ぶらり探訪』(新南陽市教育委員会)「茶之木原の富田御殿」の中に見つけた。

 「茶之木原の富田御殿」によると、茶之木原と呼ばれる場所に徳山七代藩主が隠居して余生を暮らした御殿があったとされている。すでにその御殿は跡形もなく消え去っているが、今も、殿様石だけが残されている。

 かって、この辺りに田畑が広がっていた頃、地元民による水をめぐる争いが起きていたという。その争いの仲裁に入った殿様が、用水路の中に石を置いて水の流れを二つに分けたところ、争いは見事に治まったらしい。

 以来、水を分けたその石は殿様石と言われ、大切にされてきたのであろう。周辺に住宅が建ち並び、用水路がコンクリートで囲まれた現在でも、約300メートル離れた2か所に殿様石と思われる石が流れの中に残されている。

 上流にある殿様石は、一個だけではなく複数個置かれている。その理由について、水の音をうるさがった近所の人が新たに置いたものらしいと地元の人から聞いた。それでも、水の音を消すことができなかったという。 それは、片方の水路が閉ざされたことによって、水の流れを分けるはずであった石にすべての水が流れ込んでいるからであろう。水を分ける役目を終えた殿様石の、水分けの名前が公園に彫られているのかもしれない。

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