コラム・エッセイ
(37)蒸気機関車
再々周南新百景 佐森芳夫(画家)![]()
10月14日の「鉄道の日」を前に、周南市の蒸気機関車(SL)を訪ねてみた。「鉄道の日」は、明治5年10月14日に日本で最初の鉄道が新橋―横浜間で開通したことによるが、その当時に走っていたのが蒸気機関車である。
蒸気機関車が置かれているのは、周南市徳山動物園の南入り口前の一角である。そばに建てられた「ご苦労さん―D51蒸気機関車」によれば、昭和46年10月に旧徳山市が日本国有鉄道から譲り受けたものとされている。
D51形蒸気機関車は、デー・ゴー・イチと読むことから「デゴイチ」の愛称で呼ばれていた人気の蒸気機関車で、頭文字のDは、Aから数えて4番目にあたることから、動輪の軸の数が4本であることを表している。
たとえば、頭文字がCである貴婦人と呼ばれたC62形は、動輪の軸数が3本となっている。動輪の数が少なく径が大きいC62形は、高速で走ることができ、動輪の数が多いD51形は重い貨物を引っ張ることができた。
Dに続く50から99までの数字は、テンダー式機関車のことで、機関車が燃料庫と水タンクを搭載した炭水車(テンダー)を連結していることを表している。さらに続く数字は、製造された順につけられた製造番号である。
展示されている機関車の製造番号である「395」について調べてみると、昭和15年(1940)に日本車両名古屋で製造された後、青森、長岡(新潟)、酒田(山形)、厚狭、広島などの機関区に所属していたことが分かった。
全国各地で活躍したその走行距離は、地球をほぼ30周する約118万キロに及んでいる。そして、製造されて84年以上が過ぎたことなどを考えると、まさに「長い間、ご苦労さま」の言葉がふさわしいように思えてくる。
ところが、その蒸気機関車は、車体にサビが浮き一部の塗装が剝がれるなど、目を覆いたくなるような状態で置かれていた。野ざらしのままで保存され続けてきたことが残念でならないが、近く始まる整備に期待したい。
