2026年10月23日(金)

コラム・エッセイ

(47)有明の月(ありあけのつき)

再々周南新百景 佐森芳夫(画家)

 勘違いをしていたことがあった。有明海は九州の北西部に広がる海域で、その優雅な美しさは全国に知れ渡っていることから、間違っていたとしても恥ずべきことではないだろう。

 その間違いに気づいたのは、かなり後になってからである。「朝ぼらけ 有明の月と 見るまでに 吉野の里に ふれる白雪」百人一首31番、坂上是則(さかのうえのこれのり)の歌がきっかけになった気がする。

 それまでも、うすうす感じてはいたが、「有明」と「吉野の里」が登場するこの歌がついに決定打となった。吉野の里は、誰もが知っているように桜の花で有名な奈良県の吉野である。有明海とはかなりの距離がある。

 いまさら、遅きに失した感は免れないが、最近、百人一首を手本にした書き写しを始めた。「なぞるだけで心がいやされる」とは、まさにこのことであろう。百人一首は、心を綺麗に洗い流してくれるような気がする。

 ところが、そう簡単に変わることができないのが人間の性であろう。百人一首をさらりと受け入れることができずに、一字一句にこだわるといった悪い癖が時に現れる。その最たるものが、坂上是則の一首であった。

 好奇心に耐えきれず、気になっていた「有明の月」を『古語辞典』(旺文社)で調べてみた。そこには、やはり有明海ではなく、「夜があけても、まだ空に残っている月。陰暦十六日以後の月。残月」と書かれていた。

 ただ、それが陰暦十六日以後の月であるとしても、いったいどのような月であるかは書かれていない。下弦の三日月となる二十六夜の月を有明月と呼ぶようであるが、それよりも明るい月の方がふさわしいと思われる。

 その有明の月のあかりと朝ぼらけの白々とした光線とがやさしく入り混じり、吉野の里の情景を見事に浮かび上がらせていたのであろう。書き写しの練習だけでなく、百人一首から学ばなければならないものは多い。

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