2026年10月23日(金)

コラム・エッセイ

(50)石船(いしぶね)

再々周南新百景 佐森芳夫(画家)

 周南市鹿野を流れる渋川に「石の船」と呼ばれる岩がある。言い伝えによると、神様が乗った木の船が、渋川をさかのぼっている時に岩と岩の間に挟まれて動けなくなり、ついには「石の船」になって沈んだという。

 その「石の船」を訪ねて見た。渋川の澄んだ流れの中には、言い伝えにあるように多くの岩が見受けられる。大小さまざまな岩がある中で、探すまでもなく、他よりひときわ目立っている大きな岩が「石の船」である。

 これらの言い伝えによって、この辺りの地名が「石船」になったと思いたいところではあるが、江戸時代に編纂された『防長風土注進案』には、「二所明神の神歌によって名付けたと縁起に見える」と記されている。

 その二所明神の神歌とは、「伊志布祢仁、伊利多留美豆波須美哉加仁、千代於経止毛太比恵伊豆麻志」であり、「いしふねに、いりたるみずはすみやかに、ちよおふるともたびえいずまし」の読みから名付けられた。

 しかし、これには、かなりの無理があり、高橋文雄著『続・山口県地名考』(マツノ書店)にあるように「激流によって岩石が侵食されて崖になっている所」(吉田茂樹『地名の由来』)とする方が正しいと思われる。

 ところが、萩藩の『御国廻御行程記』鹿野村には、「石船」について興味深い別の話が記されている。その話とは、坂根の与左衛門が山野を開いている時に、竪壱尺横五寸余りの石船を掘り出したというものである。

 その大きさは、メートル法に直すと約30.3㎝×約15.2㎝という意外に小さなものである。その中に神鏡が16面あったと記されていることから推測すると、おそらく、アンチモン(輝安鉱)の結晶であったと思われる。

 明治19年に発見されたとされる坂根鉱山であるが、それよりもはるか昔に鉱石が発見されていたことになる。石船の由来とは言えないが、古くからの言い伝えには、どこかに重要なヒントが秘められているのであろう。

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