2026年05月28日(木)

コラム・エッセイ

(53)貝籠五輪塔

再々周南新百景 佐森芳夫(画家)

 周南市夜市の「貝籠(かいごもり)」の地名の由来については、集落への入口が狭く、道筋から民家が見えないことから垣籠(かきごもり)と言っていたものが貝籠になったなどと『防長地下上申』に記されている。

 実際に現地を訪ねてみると、集落の入口あたりで道の両側に山が迫っていることから、『防長地下上申』で言われているように入口が狭い地形であることが分かる。まさに「言い得て妙(いいえてみょう)」である。

 現在では、入口付近から民家や山陽自動車道の橋脚が見えているが、民家が見えなかった当時は「とじこもる」ような気がしたのであろう。一車線の道路を進んでいくと、視界が開き道に沿って散在する民家が現れる。

 一見すると、どこでも見られるような山間部の風景であるが、貝籠の集落が他とは違っているのは、道路が行き止まりとなっているあたりに立っている説明板に書かれているように「貝籠五輪塔」があることであろう。

 五輪塔とは、5つの石などが塔のように積み重ねられたもので、主に供養塔や墓として使われていた。5つの石は、下から方形、円形、三角形、半月形、宝珠形となっているように、それぞれが違った形をしている。

 矢印の示す方向に進み、汗をかく地蔵様の前を通ると、道は墓地の中のの急斜面を登っていく。その先に、10基の五輪塔がある。これらは、元からこの場所にあったのではなく、周辺の山中から発掘されたものである。

 その中の4基には、山口県下で最古となる「弘安4年(1281)」の銘がある貴重な五輪塔である。鎌倉時代中期の弘安4年は、蒙古襲来があった文永の役の7年後にあたり、再び襲来を受けた弘安の役が起きている。

 多くの五輪塔が発見されていることからすると、かなり大きな寺院などの仏教施設があったとしても不思議ではないだろう。これらが、時代背景と何らかの関係があったのではないかと、勝手に想像を膨らませている。

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