コラム・エッセイ
(66)幻の金山(4)
再々周南新百景 佐森芳夫(画家)令和6年(2024)1月、山の中で小さな穴を見つけた。それは、昭和63年(1985)に発行された『郷土誌 矢地から夜市へ』の中に書かれていた「幻の鉱山」を、周南市夜市の畑集落で探していた時のことであった。
斜面に開いた小さな穴の中をのぞくと、そこには深い空間が広がっていた。すぐに、それが鉱山跡であると直感したが、穴の中に入ることができないため、その穴がいったい何であるかを確認することはできなかった。
土石を取り除くことも考えてみたが、たとえ取り除いたとしても、中に入るには危険が大きすぎる。そこで、昨年12月にテレビ朝日の「ナニコレ珍百景」に応募したところ、採用となり今年1月から撮影が始まった。
そして、5月7日に最終日を迎えるまでの経過が、6月1日のテレビ朝日「ナニコレ珍百景」で放送された。同時に、探検家の命がけの探索によって、穴が長さ40メートルに及ぶ試掘坑であることが明らかになった。
さらに、放送後も続けていた調査で、ついに夜市で試掘されていたことを証明する公的資料を発見することができた。その資料には、明治44年2月に銅、7月に金の試掘権が登録されていることが記されていた。
鉱業権者は、郷土誌に「畑の宗内さんと云う人」と書かれているものと住所と名前とが完全に一致した。登録番号から、すべてが明らかになると大いに期待したが、公文書の保存期間が過ぎていることを告げられた。
その結果は、残念と言うほかないが、それでも、夜市で銅と金が試掘されていたことが、公的資料によって明らかになった意味は非常に大きいといえる。地域の貴重な遺産として、ぜひ、次世代に伝えてほしいと思う。
梅雨の時期をむかえ、山は草木が繫る荒野に帰っていった。再び、冬をむかえるまでの間は、安全を確保するためにも山中での探索はひかえるべきであろう。焦る気持ちを落ち着かせるのも、必要なことに違いない。
