2026年05月28日(木)

コラム・エッセイ

(98)平家大明神

再々周南新百景 佐森芳夫(画家)

 柳井市阿月池の浦にある池浦神社は、享保11年(1726)に叢祠(そうし)を建て平家大明神として祀られていたものが、その後、明治4年(1871)に祭神を安徳天皇として現在の池浦神社に改称されている。

 その平家大明神の縁起について、『防長風土注進案』上関宰判の伊保庄には、すぐそばにあった大きな池で源平の合戦が行われたことやこの戦いによって多くの平家の兵が亡くなったことなどが詳しく書かれている。

 その中で特に興味をひかれるのは、大きな池に大蛇が住んでいたことであろう。源平の合戦が行われた時に多くの武器が池に落ちたことで、住むことができなくなった大蛇は、空を飛んで平郡島に移り住んだと言う。

 実際に沖合の平郡島には、池の浦の大池から大蛇が移り住んだといわれる「蛇の池(じゃのいけ)」がある。漁師が美しい娘に化けた蛇を島におくるなど周南市の蛇島(さしま)とほぼ同じ内容の伝説も残されている。

 また、平家がこの池に乗り入れて隠れていたときに、帆柱の上にいた鷗(かもめ)の鳴き声が「コイ、コイ」と言うように聞こえた。その鳴き声によって源氏の兵船に見つかり、総攻撃を受けることになった話もある。

 月日が経過し、水が枯れて池の形だけを残すようになったので耕作地にしたところ、五穀が実らないばかりか、池の水が変色したり、夜中に人馬の音や旗がひらめく音がするなど変わったことが現れるようになった。

 そこで、霊魂をなだめるために平家大明神を祀ったところ、妖怪も静まり、五穀も実るようになったとされている。平家大明神が最初に祀られた時期は記録に残っていないが、享保11年よりかなり前のことと思われる。

 池浦神社の周辺には、源平の合戦に関係する史跡が多く残されている。

 今回訪ねることができたのは、池の浦の大池跡、平家坂、相の浦集落、室津の矢櫃(やびつ)神社、平家塚など史跡の中のごく一部に過ぎない。

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