2026年05月28日(木)

コラム・エッセイ

(99)柳の御所

再々周南新百景 佐森芳夫(画家)

 木曽義仲に都を追われ太宰府に逃れた平家一門であったが、豊後の緒方三郎維義(これよし)の裏切りによって、再起の夢もかなわず太宰府を後にすることになる。そして、たどり着いたのが豊前の国柳が浦であった。

 豊前の国柳が浦がどこにあったかについては、二つの説がある。その一つが福岡県の門司の海岸とされているが、地名は残っていない。もう一つが大分県の宇佐市にある柳ヶ浦であり、こちらは地名が残されている。

 さらに、『平家物語』の「柳が浦落ち」には平清経(きよつね)が海に身を投げるという衝撃的な出来事が書かれている。門司には、その伝説が残されていないが、宇佐には伝説や関係する場所などが残されている。

 ところが、天皇の御所を指す内裏(だいり)についての言い伝えは、門司には内裏を書き換えたと言われる大理の地名や安徳天皇の仮の御所があったとされる「柳の御所」が残されているが、宇佐には残されていない。

 このような状況の中で、どちらが本当の柳が浦の場所であるかを判断することは非常に難しいと言える。また、二者択一することは無駄なこととも言えるが、仮の御所があったとされる言い伝えは非常に重要であろう。

 境内に「キリメン様の石室」がある。説明板によると、石室内には安徳天皇と平宗盛と思われる木像二体が安置されていたという。ひそかに祭祀されていたのは、源氏の世であったためと思われるとも書かれている。

 また、境内にある拝殿は、明治天皇の休憩所として使われた建物を安徳天皇の柳の御所拝殿として残すために当時の大理停車場構内から移築されたものである。そのため、拝殿の正面屋根には十六弁の菊紋章が見える。

 「柳の御所」は、JR九州の門司駅から歩いて約15分の場所にある。静かな境内には、美しい拝殿以外にも平家の公家たちの歌碑や安徳帝柳御所跡の石碑、キリメン様の石室などがあるので、当時を偲ぶことができる。

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