コラム・エッセイ
防災はまちづくり? 《平成30年7月豪雨》 〜ご冥福をお祈りします
おじさんも頑張る!~山の話あれこれ~ 吉安輝修まさか!!だった。今回の大雨被害がここまで広範囲に、しかも100人を超す犠牲者を出すとは…。多くの人はテレビに流れる映像を見るにつけ、そう思ったことだろう。
前回まで昨今の災害はいつどのような形で起こるかわからない、自分の命を守るためにはバイアスにとらわれず、冷静に、謙虚な判断が必要だ、などと長々と書いていた。その間に大阪北部地震からは備えの必要性や社会インフラの災害における脆弱(ぜいじゃく)性も改めて考えさせられた。
実はそのころ、北海道は河川氾濫(はんらん)などでとんでもないことになっていた。道央の一部では水田が全滅した地域があったというし、道東の畑作地帯ではその後も長雨で管理作業もできず、追い打ちをかけるように低温、日照不足という大昔ならあきらかに飢饉(ききん)につながる異常事態が起きていた。
そして間髪入れずに来襲する台風7号に次は我が身かと身構えた。幸い身の回りには大きな被害はなかったが、地震で建物の復旧もままならない大阪には無常の雨を降らせながら各地につめ跡を残し去っていった。
やれやれと胸をなでおろした矢先に今回の豪雨災害だ。すでに数日が過ぎたが、犠牲者は100人を超え、行方不明者は日を追うごとに増えている。あまりにも広範囲が被災し、その全容も把握できないという。これほど広範囲の豪雨被害は自分の記憶にある限りかつてない気がする。
折しも昨年の九州北部豪雨から1年だ。こちらは大分、福岡と局地的な“集中豪雨〟に対して13府県がほぼ同時被災する“同時多発豪雨〟となり「平成30年7月豪雨」と地名の入らない災害名となった。頭に中国か西日本が来るかななどと勝手な想像をしていたが、結果的にはその域をはるかに超える超広域災害となった。
6日朝。須金に至る幹線道路、国道434号線が菅野ダム付近の土砂崩れで通行不能になったという一報があった。すぐに現場に駆け付けたが、土砂と大木が道路をふさぎ、さらに上部にはいつ落ちてもおかしくない状態で大きな岩塊が引っかかっている。瞬時にこれは重機で土砂を除けただけではすまないと覚悟した。全面復旧には相当な時間がかかりそうだ。
もう一つ危惧(きぐ)したのは、倒木が電話線やCATVなどの電線類に引っかかっていることだ。幸いに今は大丈夫だが、もし切れたら外部からの情報も入らないし、こちらの様子を伝えることもできなくなる。携帯電話だって基地局間はケーブルでつながっている。いつも恐れている“陸の孤島〟が現実味を帯びてきた。
早々に仕事を切り上げて須金支所に向かう。支所長が須金に進入する道路を確認に出かけるというので助手席に乗ってもらう。こういう時は地元の人間の方が土地勘もあるし、頭の中にはナビが指さない道もインプットされている。
土砂崩れで通行不能になった菅野ダム付近の国道434号
土砂崩れ現場の上部には大きな岩塊、電話線は倒木がかかっている
