コラム・エッセイ
防災はまちづくり? 《平成30年7月豪雨》 〜須金で思ったこと
おじさんも頑張る!~山の話あれこれ~ 吉安輝修周南市須金では市内に通じる幹線道路が完全にふさがれてしまった。代替えのルートを探してその状況を確認しなくてはならない。現実的なルートは限られるが、現地を確認してからでないと情報発信できない。支所長と、まずは鹿野に抜ける県道を通ってみて、道幅は狭いが今時点では通行可能を確認した。
帰りにある集落を経由する市道も確認のために入ってみた。落石などでその都度降りては除けて進む有り様だ。枝葉が茂り、道幅も狭くなって離合場所もない。対向車に出会ったら大雨の中を窓から半身を乗り出してバックしなくてはならない、と話していた矢先、倒木が完全に道をふさいでいた。
やれやれ。上半身びしょ濡れになって車幅ギリギリの道を数百メートルもバックして何とか向きを変えた。この先にはかつて何十人もが暮らす集落があったが、今は無人だ。
当然のことだが、暮らす人がいれば草も刈るし石が落ちていて知らん顔はしない。地図上に道があっても集落の消滅と同時に管理されなくなれば廃線となる。この倒木だっていつから道をふさいでいたのかさえわからない。過疎地のもう一つの現実を目の当たりすることになった。
今回の豪雨では県内のあちこちで土砂災害があり、家屋の損壊や道路、鉄道も大きな被害を受けた。といってもこれらを知ったのはかなり時間が経ってからのことだ。全国ネットのテレビや新聞では広島や岡山の様子ばかりで、なかなか近辺の情報が入らない。この近辺では何ごともなかったのかと錯覚するほどだ。
時間が経つと現地に行った人などから情報がぽつりぽつりと入り始めた。「あそこの道路はまるで通れん」「あの辺はみんな水に浸かっちょる」などなど“まさか〟の連続だ。隣町のなじみのある場所の被災状況が目に浮かぶ。
もちろん広島や岡山の被害は規模も大きく目を覆いたくなる惨状だが、山一つ越えた近場の状況は遅々として伝わらず、もどかしい思いもした。道路が流された、土砂で埋まった、川のはんらんで田んぼが冠水した、床上浸水した。この程度ではニュースにもならないということか…。
半分は陸の孤島になったようなものだが、幸い?恐れていた電話、テレビ、インターネットといった通信インフラが持ちこたえてくれた。“うわさ”や“また聞き”など信ぴょう性は劣っても、ラインやメールで情報も入ったし発信もできた。
何よりこの大雨だ。錦川沿線に暮らす住民にとって一番に気をもむのは河川のはんらんだ。6日の夕方からはインターネットでダムの貯水率や流入量、河川の水位情報を確認し続けた。何せ尋常でない降り方だ。過去(100年前)には錦川のはんらんで我が家の天井近くにまで水がきたことがあるのだ。
いざとなったら逃げ出す覚悟で刻々と変わるデータを眺め続けた。
あちこちの道路の寸断やはんらんもニュースにもならない
インターネットで錦川の水位情報を確認し続けた=6日午後6時前には、美川町南桑ははんらん危険水位を超えた
