コラム・エッセイ
防災はまちづくり?《バイアスを考えるⅡ》
おじさんも頑張る!~山の話あれこれ~ 吉安輝修山口県は例年よりかなり早く梅雨入りしたという。梅雨入りといえば6月の中旬あたりのイメージだったが、何でも平年よりも8日、去年より23日も早いという。これが異常なのかどうかはわからないが、過去に例がないとか観測史上初めてなどというフレーズをたびたび聞いていると、驚くほどのことでもない。
ただ、高温多湿のうっとうしい日が続くのは仕方がないとしても、雨だけはほどほどの量で明けてほしいものだ。
わがまち須金は錦川とその支流の谷に沿って開けた地区だ。平地のほとんどが川沿いということもあり、河川の増水には少なからず敏感でいたい。直接体験しているわけではないが、昭和25年のキジア台風では錦帯橋が流失。26年のルース台風の洪水でも大被害が出たことを大人たちが話していたのを覚えている。
もっとも、現在の菅野ダムがないころで、雨が降ったら降っただけ流れるのだから仕方がないといえばそれまでだが、具体的にどこそこの誰々が流されて亡くなったなどという話を聞いて、子ども心に他人事ではないと感じていた。
それから半世紀たった平成17年の台風14号に伴う大雨で錦川が氾濫(はんらん)。美川町(現岩国市)や下流域では多くの床上浸水被害や錦帯橋も橋脚が流出した。このショッキングな出来事は記憶に新しく、ダムも決して万能ではないことを実感した。半世紀に1度の大雨なら仕方がないとすまされるものではない。
さらに言えば、我が家の壁には明治の初めごろの大洪水で浸水した際についたという跡が残っている。その高さは長押(なげし)よりも上で、天井に近い。子どものころ、祖母から何度も聞かされていたことだが、当時は年寄りの昔話くらいにしか聞いていなかったが、今改めて、例え大きなダムや堤防を作っても防ぎようのないことが100年単位のうちに起きるかもしれないと思う。
今は道路や橋などの社会インフラはコンクリートや鉄で固められ、滅多なことでは壊れない。この半世紀の間に随分と頑丈で安全になったことは確かだ。それ故にさほど危機感を覚えなくなった。
隣町に起こる災難も、身内がいれば肝を焼くかもしれないが、我が身に置き換えることは少ない。それに天気予報などの精度も上がっているし、インターネットの普及で情報量も入手手段も格段に増えているのだが、度々の警報に現実味が伴わないのが実情かもしれない。
人の一生で間近に大きな災害を何度も経験することはないだろう。もしかしたら根拠もなく「ここは大丈夫」「この程度なら…」などという「バイアス」がかかっているのかもしれない。
ちなみに我が家の壁は何度か上塗りしたというが、不思議なことに時間が経てばその跡が浮き出てくるという。災害は忘れたころにやってくるというが、忘れてはならないと先人たちが戒めているのかとも思えてきた。
穏やかな錦川=何度も氾濫して多くの犠牲を出した過去がある
明治の初めごろ、洪水で天井近くまで水が来たという跡が残る
