コラム・エッセイ
防災はまちづくり?《バイアスを考えるⅢ 〜正常性バイアス》
おじさんも頑張る!~山の話あれこれ~ 吉安輝修つい先日、新潟県の山で親子が道に迷って遭難し、3週間もたって遺体で発見されるという痛ましい出来事があった。山の遭難といえば高く厳しい山や雪山の事故を連想する人が多いかもしれないが、実は千メートルに満たない低山での事故も多いという。それに一番には急な崖からの転落や雪崩の事故を想像してしまうが、意外にも遭難の原因の1位は道迷いだという。
誰もが知る全国区の有名な山は案内看板もあり、道標もうるさいほど立っていて、道も整備され、獣道と見紛うこともない。ところが地方の山は登山口から探さなければならないし、草木で足元が見えずに獣道との判別に神経を使うこともある。分かれ道があっても道標も少ない。
そもそもローカルの低山に登山道があること自体が偶然と思わなくてはならない。アルプスなど人気の山は登山道があっての山小屋ということもあり、関係者も整備を惜しまないし、国立公園内の正規ルートであれば国費での維持管理もあってしかりだ。
しかし地方の低山など、よほど奇特な人でない限り、道の補修や草刈りなどはしない。そういう意味では山頂に続く道があることに感謝しなくてはならない。
前置きが長くなりすぎた。何が言いたいかというと、道迷いの原因にも「バイアス」が関わっているということだ。
山に興味のない人でも「もし道に迷ったらわかるところまで引き返せ」「谷を下らずに尾根を登れ」「動き回らずにじっとしておく」という原則は聞いたことがあると思う。当然、山歩きをする人は知っているはずだが、道迷い遭難者はこの掟(おきて)をことごとく破っているのだ。
当の本人はおかしいな!と気づいた時に「この方角ならきっと登山道に合流するはず」「見覚えがあるような…」など都合の良い解釈というか、そもそも迷ったと思っていないのだ。いよいよやっぱり変だ、迷ったかな?の事態になっても「この斜面は登り返したら日が暮れてしまう」「きょう中に帰らないと女房に怒られる」と気ばかり焦って掟を破り、さらに谷を下ってしまうという。
この心理状態を“正常性バイアス”というらしい。異常事態に遭っても都合の悪い情報を軽視したり、根拠もなく「まだ大丈夫」「何とかなるだろう」と過小な評価をしてしまう。これは心の正常性を保つための防衛本能だという。
このバイアスのおかげで何ごとにもいちいちビクビク、オドオドせずに平常心を保てる。人の心に備わったある種の安定剤ということだ。これがなければパニックになるか悲観して泣き崩れるしかないのだが、逆にとっさの判断を誤ったり、逃げ遅れる要因ともなるのだ。
突然の災害や緊急時に“正常性バイアス”にとらわれずに的確な判断、行動をとるには“正常性バイアス”がかかっているかもしれないと冷静になること。そして想定した準備や訓練が必要とも言われている。
地方の山は獣道との判別に神経を使うこともある
滝に身動きが取れなくなったり転落も…
