コラム・エッセイ
防災はまちづくり?⑥
おじさんも頑張る!~山の話あれこれ~ 吉安輝修須金版の家具転倒防止器具の取り付け支援事業の話題に戻ろう。反応はいかに、と心配もあったが、開始後すぐに反応があった。ひと月足らずで数件の申し込みがあり、スタッフ一同、胸をなでおろしたことを白状しよう。
また、先日の島根県西部を震源とする地震の直後にも申し込みがあった。この地震がきっかけかどうかは聞きそびれたが、わずかでも須金に暮らす人たちの中に防災に対する意識が高まっている証拠かもしれない。
この取り組みを始めてまだ数か月だが、10件ばかりに取り付けた。なーんだ。たったの10件か…とまちの人は思われるかもしれないが、わずか200戸足らずの地区では大きな数字だ。昨年の年度途中から始め、年末年始を挟むことから多くを期待していなかったが、今後は1年に20戸、1割の家庭に設置することが目標だ。
だから10年かけて100%設置しようという半分夢のようなものだ。その程度かと笑われるかもしれないが、千戸の自治会が1年に100戸分の設置ができるか?と問われても、現実はそんなに簡単ではないのは誰でも想像できるだろう。須金という超過疎で人材も限られた地域にとっては過大な設定とは思うが、意気込みだけは負けていないという自負がある。
木村周南市長の今年度の施政方針にも引用されているが、まさに「『人口の過疎化』は進んでも『心の過疎化』は進んでいない」ことを身をもって体現しようとしている。少々、手前みそとなってしまったが、実はから元気というか、そのくらいの勢いで臨まないと現実に押しつぶされそうになるのだ。
◇ ◇
再び話題がそれてしまう。前回の《西日本大震災に備えよ》で「昔の人は野性的な能力が備わっていた…」というくだりを読んだ何人からか「そうかも知れんの」と言われた。
話題になったのは「昔は子どもたちだけで野山や川で遊ぶのは普通のことだったし、遊びの中で危険に対する回避方法を学んでいたかもしれん」というのだ。
そういえば親の監視もなく子どもだけで川に行って飛び込みをしたり、山ではかずらでターザンごっこをしていた。それでも大ケガはしていない。冬には小学校のダルマストーブ用の「たきつけ当番」があった。親がいない時も勝手にナタを振り上げて当たり前のようにたきつけを作っていたが、それで指を落としたというのも聞かない。
風呂炊きも手伝いの一つだったが、それで家を焼いたという話も聞かない。大人たちも忙しくてとりあえなかったのかもしれないが、親も子どもの時は同じように野山で遊び、子どもなりの危機管理能力や子ども同士の共助力を認めていたのかもしれない。
決して昔はよかったと、年寄りの常套句(じょうとうく)にするつもりはないが、今時の子どもたちはサンタさんへのお願いがテレビゲームで、サンタさんもそれに応えるという風潮には、どうもなじめない。
島根県西部の地震の直後に家具転倒防止器具の取り付け依頼があった
サンタさんも応える風潮はなじめない
