コラム・エッセイ
防災はまちづくり?②
おじさんも頑張る!~山の話あれこれ~ 吉安輝修「好きなようにしんさい」と言われて動き出した須金の自主防災組織だが、何から手をつけてよいやらで暗中模索でのスタートだった。何度か集まるうちに、須金で起こる深刻な自然災害とはどんなものがあるか?という話題になった。
津波なんて絶対にこないけど、大雨のたびにどこかしら土砂崩れが起きて道路が寸断される。数年に一度は幹線道路も不通になって通学や買い物、病院通いもできない。救急車もやってこないという経験をしている。
さらには電気、電話、テレビやインターネットなどの電線類の架かる電柱がその幹線道路沿いに立っていて、一緒に倒れたら完全な陸の孤島になるという地理的な脆弱(ぜいじゃく)性を再確認した。
それとどうしようもない現実と課題がある。わかってはいるけど見て見ぬふりをしている過疎と高齢化問題だ。これは日本全国共通の課題だが、抜本的というか即効的な策は見いだせていない。
現役世代に第3子、第4子をといって「産めよ増やせよ」などと戦争中のスローガンのようにハッパをかけても、子育ての環境が今の有り様では酷な気がする。それに高校生ともなると1時間以上のバス通学で定期代も安くはない。
我が家も高校の送迎となると朝晩の往復で100キロ以上も車を走らすことがあった。そんなことが何年も連続するとなれば時間的にも経済的にも子育て世代の大きな負担となることは明白で、この現実を先読みすれば結果としての少子化も避けられない。
話はそれるが、今、中山間地区で盛んに議論される生活交通網の模索にも絡むが、運転の出来ない高齢者だけを対象にするのではなく、子どもたちの通学や現役世代の生活の足となるようなシステムを考えていく必要がある。
この話題は思うこともあるので別に譲るとして、点在する集落、しかも若い世代もいなくて自治機能も危ぶまれる地区に住む高齢者の安全をどうやって守るか、という切実な問題に突き当たった。
田舎の良いところは山間集落の一軒家でもおよそ誰が住んで何をしているかくらいはわかることだ。街なかの隣の住人の正体がまるで不明というようなことはない。ただ、万が一の時に飲んでいる薬の情報が欲しいこともあるし、緊急時の連絡先だって必要だ。もちろん民生委員さんはある程度のものを持っているとは思うが、住民同士が最低限の情報を共有することが必要だと結論づけた。
災害に対する心構えとして、まずは自分の身は自分で守る「自助」が一番だが、お隣同士、ご近所同士の助け合う「隣助」「共助」を推進しなくてはならない。須金ではご近所同士で最低限の情報を共有する「防災カード」運動を始めることにした。
かつては多くの人でにぎわっていたが今は面影さえない
幹線道路沿いには電気や電話などの電線類が架かる電柱が立つ
防災カード
