コラム・エッセイ
今年の初登山2018④
おじさんも頑張る!~山の話あれこれ~ 吉安輝修今年の正月登山を一緒に登るメンバーは20歳代から上は60代、70代と年齢幅が広い。ここしばらくは雑用を言い訳にホームグラウンドの伯耆大山(ほうきだいせん)もご無沙汰だったが、久しぶりに顔を出すと見知らぬ若者がいる。以前に会っているかもしれないが記憶にない。
「誰だっけ?」と尋ねると「会の人の紹介で仲間に入れさせてもらいました」という。いつも思うことだが、所属する米子登攀(とうはん)倶楽部は若いメンバーも増えて若々しい。といっても我々年寄りが邪険に扱われることもなく、若い新人を「使い走り」にするということもない。老若男女、リーダーの決定には素直に従う規律と統制のとれた会でもある。
もっとも多少長く山を歩いていると経験した数だけは若者に負けない。歩きながら昔話に尾ひれをつけて武勇伝にして講釈をするという迷惑行為はある。
良い悪いはさておき、ふた昔も前の山岳部はもちろん、社会人山岳会でさえ古参兵による教育とか鍛錬などと称する新人への少々過激な扱いがあったのを見ている。当時はそれが当たり前だったし、人から人へと直接伝えるしかほかに手段がないのだから仕方がないが、体で覚えた技術や知恵は宝になったし、絆(きずな)も太かった。
時が変わればそんな泥臭い手段や関係はことごとく敬遠されて廃部、解散の憂き目に会うことに。
すべてでもないだろうが、中高年の登山ブームも久しく、巷の仲良し登山グループも多いのだが、新陳代謝がないという。メンバーに変化がなく積極的に若い人を受け入れない。中には同じグループでも「あの人は好きでないから今度は誘わないでおこう」と真顔で言う人もいるらしい。
確かに気心の知れたメンバーだけに囲まれているのは安心で居心地がいい。しかし、井の中の蛙とは言わないが、世界観は変わらないし1年たてば平均年齢は1歳上がり、世話役が体調不良や高齢を理由に卒業してしまえば離散解消となり、この機会に山をやめたという人の話も聞く。他人事でも山はその程度のものだったのかと残念な気がする。
6合目まで来た。長い列の後ろのほうを歩いていたが、リーダーのKさんが「吉安さん。ペースが遅いから体が冷えるんじゃない?若い人と一緒に先に行ってもいいよ」という。
確かにきょうは総勢15人の大部隊となり、脚力の差が出ている。これから上は傾斜も急になり、強風にもさらされてさらに列が長くなるかもしれない。アイゼンを装着し、手袋も厚いものに替えて「それじゃあお先に」といって30代の若者たちと先頭集団を作ってペースを上げる。
彼らの歳のころは体力的にも技術的にも一番脂が乗っている。会の中でも先導的な役割を担っている。ついていけるとは思うが、何せ親子ほど歳は離れている。何度も一緒に歩いたメンバーなので山の話となると遠慮もないし負けはしない。気を使ってこっちに合わせてくれているのだろうが、山を通して彼らに出会えた幸せを感じる。
新人には先輩が指導する=アイゼンの装着指導
6合目から上は傾斜も急で強風にもさらされる
