コラム・エッセイ
今年の初登山2018⑤
おじさんも頑張る!~山の話あれこれ~ 吉安輝修冬の伯耆大山(ほうきだいせん)には何度も足を運ぶが、無風快晴の山頂に立てることの方が珍しい。たいていはガスで視界がないし、加えて雪混じりの強風が吹いていることが多い。
もちろん時間帯によっても変化はある。日の短いこの時期は山頂で泊まるなら別として、午前中に登って午後早い時間には下山する計画となる。上部の猛烈な風雪に神経をすり減らして下山し、帰りの車窓から大山を振り返れば、山頂は雪雲に隠れることもなくスッキリ晴れ渡り、午後の日差しに輝いていることもある。
運が悪かったといえばそれまでだが、次回のお楽しみとしなければならないし、山という人智の及ばない自然に身を委ねる者としては何事もなく眺められることこそ幸せと思わなければならない。
6合目付近で森林限界となる。ここを過ぎると傾斜も急になり、風を遮るものがないので進退を判断する1つの要となる。早朝から山頂を目指して下山してくる登山者に上部の様子を尋ねると、視界はほとんどないという。
風については風速計の数値ではなく、各人の主観で、強い、弱いはあまり参考にならないが、山頂まで行って来たということは飛ばされるほどでもないと判断する。
さらに登って8合目を越えれば傾斜は緩むが、頂上台地となって日本海から吹きつける風はますます強い。ここで視界が悪くて体が振られるほどの強風で真っすぐに歩けないようなら引き返す決断をするターニングポイントになる。何しろ山頂に向かって左側は落ちたらまず止まらないだろう北壁だ。
今回は視界こそ良くないが、風はこの時期にしては穏やかで積雪も少なく、一部、木道も出ている。ここ伯耆大山の頂上台地は天然記念物の「ダイセンキャラボク」の純林が広がることで有名だ。常緑針葉樹だが、過酷な環境なので幹が上に伸びるというよりは枝が人の背丈ほどを絡むように横に複雑に曲がりながら広がっている。
あまり語られることはないが、遠目には芝生が広がる草原のようにも見えるが、これがどうして、まさにくせ者で、足を落としてしまうと大ごとになる。雪が豊富で締まって安定したところならどこでも歩けるのだが、中途半端なところで落ちると脱出に想像以上に力を使う。もちろん、木道は植生の保護が目的だろうが、案外と難度が高い場所にもなる。
もう時効だと思うので白状するが、この時期に1人で歩いていて不注意で木道を踏み外して1度落ちたことがある。逆立ちとまではいかなくても頭が下向きになれば血は上って(下って)くるし、ザックは引っかかるし、足がかりもない。いくらもがいても体を起こすことができない。時間だけが経って焦った苦い思い出がある。
持っていたピッケルやザックを外して雪まみれになって何とか脱出したが、今思い出してもぞっとするできごとだった。
ぼちぼちと下山する人とすれ違うのに、横向きになって道を譲りながら、若者たちに恐怖体験でも多少の脚色をして武勇伝にして吹聴する。
冬の伯耆大山は無風快晴が少ない=晴れれば迫力の剣ケ峰や槍尾根に時を忘れる
遠目には芝生が広がる草原のようにも見えるが…夏の大山頂上台地
