コラム・エッセイ
今年の初登山2018
おじさんも頑張る!~山の話あれこれ~ 吉安輝修慌ただしい年末年始だった。東京に暮らす息子が28日の夜9時に宇部着の飛行機で帰るというので迎えに行った。幸い雪がなかったので待たせることなく空港に到着できたが、それでも2時間近くかかった。帰省客のピークで多少の遅延もあり、折り返して家に帰り着いたのは日付が変わるころだった。
翌日は二女が帰るというので徳山駅まで迎えにいく。これまた途中で買い物があるというので寄り道をすれば半日仕事となる。夜には消防団の夜警で出動だ。元日には親類の家族が来るという。
2日には息子、3日には二女が戻るというから駅や空港まで送らなくてはならない。4日には嫁に行った娘が亭主と孫たちも連れてしばらくいるという。何と慌ただしい。到底スケジュール管理は頭だけではできない。送迎の時間を逆算してメモしておかないとパニックになる。
昨年は古い家の解体もあり、家財道具をあちこちに動かして日ごろ使わない布団をどこに押し込んだのかさえ記憶にないまま年の瀬を迎え、女房も子どもたちの寝場所の算段など、日ごろになく頭を使うことになった。
とはいうものの、例年は暮れになって大慌てで年賀状を書くのだが、昨年は郵便局のお勧め通りに25日には投函した。なぜならば初登山は伯耆大山(ほうきだいせん)と決め、何が何でも正月に行くという目標を立てて山の準備と同時進行でこれら諸々の雑事を真意は口にしないで忍び進めていたからだ。
何しろ冬山(雪山)に行くのは昨年の3月以来で、ピッケルやアイゼンといった冬山用の道具を探し出して手入れをすることから始めなくてはならない。この歳になってようやく多少の学習能力もついた。年末年始の騒動の中でストーブの前に座って登山靴をなでまわすなどもっての外で、家族争議の元にしかならないことを自覚できるようになったのだ。
山口県民でありながら鳥取県の山岳会員といういびつな関係の山仲間たちから一緒に伯耆大山に登ろうと早い時期から誘いを受け、虎視眈々(こしたんたん)とその実現に向けての作戦を考えていた。いつものように大みそかは家で過ごし、元日の来客も帰ってから夕方に出かけ、大山のふもとで車中泊。翌2日の早朝に仲間と合流して一緒に登るという計画だ。
年末年始の子どもたちの送迎さえ無難にこなしておきさえすれば、正月にちょっとだけ留守をしても女房の相手は子どもたちがしてくれるので怒りの矛先はこちらには向かないであろうと踏んだ。
元日、日が暮れてから家を出る。中国道を庄原まで走って183号線に入る。昨年に続き雪が少ない。さすがに山の陰や橋の上など一部凍結したところもあったが、ほとんどアスファルトが出ている。深夜にふもとに着いたが、山の様子は全くうかがえない。
あすは純白の雪山に出会えるのだろうか?一人前夜祭もほどほどにして寝袋に潜り込む。
初登山は正月に何が何でも伯耆大山へ行く
山仲間から誘いを受けていた
