コラム・エッセイ
東北急ぎ旅①
おじさんも頑張る!~山の話あれこれ~ 吉安輝修昨年5月に岩手県の大船渡市に住む娘のところに行こうと女房と東北の旅に出かけた。宇部に住むMさんが、大船渡市の知り合いを訪ねるので、車で一緒に行かないか?と誘ってくれたのが発端だ。
断っておくが、子離れ、親離れができずに寂しさのあまりに会いに行くわけではない。
もちろん、元気な姿を見れば安心もしようが、一つは岩手県など東北の太平洋沿岸地域は東日本大震災で大被害を受け、五年が経っても傷跡は癒えていない。物見遊山でのこのこと出かけるのははばかられるが、その被災の現場や復興の様子を一度見てみたいというのも理由だ。
Mさんは震災発生直後に車で駆けつけ、被災した家の片付けなどにボランティアとして関わったとのことだ。その後も定期的に足を運んで、大船渡市の方と交流があり、今回も関係者が集まっての交流会やフォーラムが開催されるという。
彼の人脈の広さとバイタリティーにはいつも敬服しているが、それらをちょっとだけお裾分けしてもらおう。
それにしても車を夜通し走らせて行くというのには驚いたが、交代しながら2、3時間ずつ仮眠と運転を繰り返せば意外と楽に行けるとのこと。
ただ、Mさんは岩手からさらに北上し、津軽海峡をフェリーで渡って北海道まで足を延ばすという。まさに日本縦断だ。若者の無鉄砲な行動ともとれるような計画に少々驚いていたが、Mさんにとっては普通のことらしい。一緒に北海道へ行こうと誘われるものの、さすがにそこまではねえ…。
そんな夢のような旅をあれこれと思案していたら、東京に住む息子が秋田空港まで飛んでレンタカーを運転して大船渡市まで来て合流するという。帰りはその車で秋田まで一緒に帰るということになった。
秋田県といえば隣は山形県だ。山形県の酒田市に住む学生時代に寮で同室だったI君の顔がすぐに頭に浮かぶ。かつては庄内米の高級ブランドでササニシキを栽培していた中堅農家だ。卒業以来何10年も経つが、毎年秋に欠かさず新米を送ってくれる。夏には転作で栽培したという枝豆をビールの友にと届けてくれるありがたい友人だ。
図々しくも農繁期を承知の上で、せっかく近くに行くんだから、どこかで会えないかと電話してみた。すると二つ返事で田植えもすんだので、かあちゃんと一緒に秋田まで来るという。そこから話が飛躍して、秋田に行くなら大潟村に住む同級のT君を訪ねようということになった。
彼は学生時代、ワンダーフォーゲル部で一緒にテントを背負って山を歩いた岳友でもある。電話をすると、今は田んぼの代かきの最盛期で丸々一日は付き合えないが、ぜひとも家に寄ってくれという。ありがたいことだ。
そんなこんなでバタバタと計画が出来上がった。とんでもない大旅行のようだが、わずか2泊3日の急ぎ旅だ。
津波被災地の復興工事=5年経つが、いまだに傷跡は癒えない
