コラム・エッセイ
東北急ぎ旅②
おじさんも頑張る!~山の話あれこれ~ 吉安輝修車での東北への出発点は宇部となった。帰りは飛行機で山口宇部空港に着くからだ。午後7時に空港の駐車場で待ち合わせとする。同行する下関からの2人も合流し、あいさつもそこそこに総勢五人がMさんの車に乗り込み、すぐに出発。
いよいよ約1,400キロの長距離ドライブが始まる。山陽道、舞鶴道、北陸道、磐越道をつなぎ、17時間の予定だ。運転手はMさんと2人で、およそ2時間ほど走ってサービスエリアで交代し、その間に仮眠をする。助手席には居眠り予防要員が座るというローテーション計画も確認した。
それにしてもこんな長時間を走るなんて久しぶりだ。若いころは車の運転なんて全く苦にならなかった。目的地にたどり着くための手段というより、むしろ運転そのものが楽しいと思う時もあった。
ところが年をとると、忙しさもあって時間も気になるし、同じ運転姿勢に慢性腰痛で脂汗をかくほどこたえるようになった。次第に長距離運転がおっくうになり、ドライブを楽しむという概念はとっくに消え去ってしまった。
もっとも、伯耆大山や九重の山に出かける時は車で行くが、のんびりと休みながら、走ってもせいぜい五時間ほどなので何とか我慢できる。
はじめにMさんが運転する。まだまだ宵の口で、初対面のメンバーと自己紹介や近況などをわいわい大声で話していたが、岡山で交代するころにはすっかり静かになった。
深夜とはいえ、山陽道は交通量も多く、運転に気が抜けないのは当然だが、ハンドルを握らない間の仮眠も大切だ。わずかな時間でも眠れる時にはしっかりと寝ておこう。
3列シートの最後尾をドライバーの仮眠専用とする。ひざを曲げて横になってみると案外と快適で、初めは前席の話し声が気になっていたが、いつしか子守歌だ。神戸ジャンクションから舞鶴道に入ると、うそのように交通量は少ない。その上、天気も良いので、順調に距離を稼げる。
すでに日付は変わり、何度目かの交代でMさんがハンドルを握っていた時だった。最後尾でうつらうつらしていたところ、突然のサイレンの音に何ごとかと起き上がった。パトカーが赤色灯を回しながら追い抜いた。
まさか自分たちのことではないだろう。後ろに乗っていて不安を感じるような無謀な走り方ではない。出発前に他人を乗せていることだし、スピードや車間距離はもちろんのこと、無理な追い越しなどは慎み、安全運転をお互い心がけようと話したばかりだ。しかし、結果はMさんのスピードオーバーだった。
たまたま超えただけなのに運が悪いとしか言いようがない。まあ、瞬間でも制限速度を超えれば違反は違反だ。他人事には思えずにやるせない気持ちでいっぱいだった。
しばらくは興奮して反則金の額をぼやいていたが、まだまだ先は長い。お互い安全第一に行こう。
ヘッドランプの灯りに舞鶴の標識が浮かび上がる。学生のころ、舞鶴港から小樽行きのフェリーを利用していたことを思い出した。当時は北海道に行くのに最安の交通手段だった。ただ、30時間も船に揺られる覚悟が必要だったが、金はなくても時間がたっぷりの学生たちがよく利用していた。
そんな大昔のことを思い出しながら後部座席でまどろんでいく。
突然のサイレンの音に何ごとかと起き上がった=瞬間でも制限速度を超えれば違反は違反だ
