2026年10月17日(土)

コラム・エッセイ

東北急ぎ旅④

おじさんも頑張る!~山の話あれこれ~ 吉安輝修

 車は新潟県に入り、上越、柏崎、長岡とひた走って新潟まで来た。随分遠くまで来たもんだ。もうこの先は山形県で、東北だ。

 新潟ジャンクションから磐越道に入る。いよいよ日本海側から分水嶺を越えて日本列島を横断することになる。例えれば徳山から国道315号線を北上して須佐に行くようなものだが、地図を見るとスケールが違う。ざっくりと三倍近くの幅があるようだ。

 磐越道沿いの会津地方には気になる地物や思い出も多い。山もそうだが、遠い昔に聞き覚えたメロディーや、学生時代に同じ寮生だった会津出身のK君のことも思い出す。

 沿線の左手(北側)には2,000メートルを超える飯豊(いいで)山地が連なり、深田久弥の“日本百名山”にも登場する飯豊山や吾妻山、磐梯山、安達太良山などが連座している。山に全く興味のない人でも一度や二度は耳にしたことがあるはずだ。

 特に会津磐梯山と言えば「会津磐梯山は宝の山よ〜」で始まり「小原庄助さん何で身上つぶした。朝寝朝酒朝湯が大好きで、それで身上つぶした」というフレーズは誰もが耳にしていると思う。軽快なテンポとわかりやすい歌詞は子どものころから聞きなじんでいる。

 ただ、その後に続く歌詞は記憶にないのだが…。山口県でいうところの「のーくれ」を戒め、朝早くから勤勉に働かないと何もかもなくなって貧乏になるぞという道徳の歌だと信じていた。

 大昔の学生のころ、部屋は違ったが会津若松出身のK君と同じ寮で暮らし、お互いの部屋を行き来していた。さすがに明治維新から100年も経てば長州人だ会津人だといった表立ったわだかまりなどないのだが、何度か白虎隊がうんぬんの話題は出た。

 我が家の祖先が戊辰戦争に行った話は聞かないし、彼が白虎隊の末裔というのも聞いていない。ただ、彼は卒業まで福島県出身だとは言わずに「会津」出身だと通していたのを思い出す。卒業以来、音信は絶えている彼の家もこの辺りにあるのだろうか。

 磐越道は猪苗代湖をかすめるように通るのだが、すぐに野口英世を連想してしまう。小学校の国語の教科書だったか伝記で読んだのかは記憶にないが、生家が猪苗代湖のほとりで、お母さんが手に大やけどを負った清作(英世の旧名)を学校に行かせるために早朝からエビを取って行商していたという話を覚えている。

 大変な努力の末に世界の野口英世となった訳だが、真偽は別として、借りた金で芸者遊びをしたとか、借金を踏み倒したとかの逸話は後日になって聞いた。1,000円札の肖像にまでなった偉人となれば、それらは封印されても仕方がないが、見方を変えれば身近な“人間・野口英世”を感じる。ゆかりの地ゆえの生家や記念館だとかもあるようだが、今回は残念ながらパスだ。

 運転手を交代するために磐梯サービスエリアに立ち寄った。Mさんが車中で「ここに来たら“べこのちち”」だと言う。何のことだろうと尋ねると「べこ」は牛のこと。「ちち」は乳。要するに牛乳だ。正面に見える磐梯山をバックに“べこの乳〟をパチリと記念撮影。いつかはこの磐梯山をはじめ飯豊の山にゆっくりと訪れてみたいものだ。

 わずか2時間少々の会津を通過するだけのドライブでも、その間に巡らした思いは濃くて深いものだった。

磐梯サービスエリアから会津磐梯山を望む=いつかは飯豊の山をゆっくりと訪れてみたい

「べこの乳」

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