コラム・エッセイ
東北急ぎ旅⑦
おじさんも頑張る!~山の話あれこれ~ 吉安輝修岩手県大船渡市に入って最初に訪れたのが、Mさんと親交がある写真家の村田友裕さんのお宅だ。当初は訪問する予定はなかったが、レンズを通して震災直後の惨状や復興の様子などを精力的に記録し続けている村田さんの心意気と生き様を同行のメンバーにぜひとも見せたいというMさんの計らいで実現した。
村田さんの自宅は震災で倒壊し、長年撮りためていた多くのフィルムも津波に流されてしまった。「東日本大震災 大船渡市・陸前高田市記録写真集『気仙の惨状』」を自費出版して初版は完売。再版を望む声も多く、平成26年に特別版が再版されたとのことだが、その残りもわずかになっているそうだ。
直々に入れてもらったお茶をすすりながら譲っていただいたその写真集をめくる。まず目に飛び込んで来るのは飛行機などで被災地を俯瞰(ふかん)したものではなく、まさにその瞬間に現場にいた“人”の目線で撮られた惨状だ。
この状況でよくもシャッターを押し続けられたものだと驚くと同時に、ひょうひょうとした氏の語り口からは、気負わずに真摯(しんし)に生きて来られた人となりを想像させられ、今まで他人事のようにのん気に暮らしていた身では返す言葉も見つからない。巻末の当時の様子や氏の心情が語られた「回想」という題のあとがきを紹介したい。
◇ ◇
あの日、私は3時から22年分の確定申告の予定でした。仕事を片付け出掛けようとした時だった。今まで経験したことのない凄(すご)い揺れが長い時間続き、なすすべもなく机にすがり立っているのがようやくだった。「津波が来る」と直感した。「とにかく逃げよう」家内と一緒に近くの加茂神社の境内に上がった。
途中の国道は家路に向かう車であろうかすでに渋滞していた。避難から10分後、岸壁に係留されている小型の船舶が転覆しはじめた。そして津波がホコリを立て、家屋を押しつぶしながらこちらに向かってくる。「逃げろー、逃げろー」と、避難に遅れた人達に高台から叫ぶ声。
私は避難の際に持ち出したカメラで夢中でシャッターを切った。その数およそ400枚、自分の住家が倒壊する瞬間も…まさに生き地獄を見た感じであった。約一時間後、ようやく津波が収まりかけた事を確認し道路に降りた。しかし、下は倒壊した家屋の残骸が山になっていた。
どこに行こうがその山を越えなければならない。近くにいた老女が「一人では渡れない」と言うので手を引っ張り家内と3人で何とか超えることが出来た。その老女に「命の恩人」だと感謝されたが、恩人はオイラではなく、避難した「彼女自身」であると思った。
平地に戻ったもののそこには凄惨たる情景が広がっていた。壊れた家屋はもちろん、とにかく油臭い。それに何台もの車のクラクションが鳴り続け、無残な町並みに一層のあわれさを感じさせていた。「夢であって欲しい」何度も思ったがやはり現実であった。
写真家の村田友裕さん=レンズを通して震災直後から記録し続けている
譲っていただいた写真集「気仙の惨状」
