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【周南】「ミスタープロ野球」が訪れた大津島 回天記念館に長嶋元監督の「英霊鎮魂」の碑
地域周南市「ミスタープロ野球」と呼ばれた長嶋茂雄氏が3日、89歳で亡くなった。周南市大津島の回天記念館前庭には巨人軍の監督だった当時の長嶋氏が1996年3月1日に同館を訪れたことから建てられた石碑がある。石碑には自筆の「英霊鎮魂」の言葉とともに「巨人軍監督 長嶋茂雄」と記され、長嶋氏の思いを今に伝えている。
当時の3月4日付の日刊新周南によると、長嶋氏(当時・60)は「巨人対ダイエー」のオープン戦のために徳山市を訪れ、1日早朝に回天記念館を見学してもみの木を記念植樹した。
この訪問が実現したのは立教大学時代、野球部で一緒にプレーした徳山スポーツセンター社長、吉元清登さん(同・61)が前年の秋、東京で食事をした際に勧めたことから。
長嶋さんの訪問に合わせて、県内外のテレビ局を中心に50人の報道陣が午前5時50分と6時10分発の2隻の通船で大津島に渡って取材した。長嶋氏は当時の高松工館長の案内で記念館内を見学し、献花と記念植樹のあと、修復の始まった魚雷発射訓練台を訪れ、花束を海中に投じた。
同館前庭にある個人の碑は長嶋氏の碑と94年11月に建てられた俳優、森繁久弥氏の碑の2基。森繁氏の碑は93年5月に講演で徳山市を訪れた際に、回天烈士のことを聞いて作った詩が刻まれている。
回天顕彰会の原田茂会長(87)は、有名人が次々に碑を建てるのではと心配したそうだが、長嶋氏のあとにはなく「回天はやはり特殊なものだった」と語る。
2月29日の夜には徳山青年会議所の主催で「読売巨人軍 長嶋監督歓迎の集い」が遠石会館で開かれ、300人の長嶋ファンが集まった。回天基地保存のため寄付金も贈り、その額は当時の背番号にちなんで33万円。その翌朝、回天記念館を訪問した。原田さんは「真面目な、立派な人だった」と振り返っている。
