コラム「一言進言」
変わる「日刊新周南
~カラー化、タブロイド判に大変化~
■日本の新聞の歴史は一八六二年、明治以前だが、オランダ語を和訳した「官版バタビヤ新聞」が第一号と言われている。日本人による新聞は、一八六四年、外国の情報を扱った「海外新聞」が最初だそうだ。
■明治以降、現在の大手三紙などが相次いで発行され、各県に一紙と統制されたり、さまざまな経緯を経てきた。知られているように、戦争中は大本営発表を垂れ流して戦意を高揚し、多くの国民を死に追いやることにつながった。新聞の力の怖さを見せつけた歴史でもあった。
■戦後、各地にローカル紙や第二県紙が誕生したが、高度成長期の波の中、情報が簡単に手に入るようになり、それらの多くは姿を消した。日本の新聞は半分以上が政府発表記事で埋められ、反抗するローカル紙が独自の論陣を張り、権力に批判的な新聞を発行した。狭い地域では特に地方権力者の力が強かったが、圧力を恐れない論客が大勢いた。しかし少数派の側に立つ論客たちも次々と姿を消し、現在、全国のローカル紙は数えるほどになった。弱者や少数派の思いを伝える手段が激減した。
■そんな中、「日刊新周南」も三十年を経て、大変身の時が来た。もっと生活情報を、もっと地域に役立つ情報を、何より今からこの地域を支えてくれる三十、四十歳台の人たちにも読まれる新聞を作ろうと決意を新たにした。一部だがカラー化も図り、何より今までの紙面の大きさを、読みやすいタブロイド判に変更した。形を変えることが重要ではないが、スマホからもタブレットからでも見やすい紙面にしたいと思ったのだ。
■前身の「徳山公論」はタブロイド判だった。白黒四面で週三回発行していた。故郷に帰った気持ちにもなるが、どんな紙面にしていくか、わくわく感も強い。
■とにかく権力にこびないは基本だ。こびないが地方行政を応援する新聞でありたい。地域で活躍する、汗を流す人たちにとってよりどころになる新聞でありたい。地域が元気になる情報満載の新聞でありたい。経済人がもっと飛躍していける新聞でありたい。若者たちが元気になる新聞でありたい。弱者が生まれない地域になるための新聞でありたい。希望は数限りない。応援をなにとぞお願いします。若いスタッフのためにも。
(中島 進)
