コラム・エッセイ
No.12 久原房之助翁の縁で日立市と秋田県小坂町との交流が進展し、新たな展開が生まれることを期待する
独善・独言10月14日付、日立ハイテク投資の稿で「久原房之助翁」に関して“下松市の大恩人”とする記述をした。今稿はさらに翁にからめた皆様にも知っていただきたいロマン話のいくつかを紹介したい。
A表は翁のごく粗い生涯年表。
❷藤田組創始者で翁の叔父藤田伝三郎は、毎日新聞、関西電力、南海電鉄、大成建設等々の設立に関わった明治を代表する政商であった。うれしいのは彼の父親まで6代にわたり下松の本町で酒造業を営んでいたこと…久原翁が❺理想工業都市に下松を選ぶ理由には、一族の歴史があったのである。
❸の小坂町は秋田県の北東、十和田湖にほど近い想像通りの山の中に位置する。翁が赴任当時の小坂鉱山は銀の採掘量の落ち込みで廃坑寸前の状況にあったが、新たな銅の精錬法を開発することで全国三大鉱山のひとつとして復活、翁は経営手腕を認められる。また、社員の福利厚生の一環として芝居小屋「康楽館」を開設、110年を経過した今も常設劇場として山深い町に華やかな輝きをはなって往時の繁栄ぶりを伝えている。
❹日立市では現在につながる日本鉱業や日立製作所の創設に関わるなど鉱山経営に成功する。新田治郎原作で吉川晃司が翁に扮して映画になった「ある町の高い煙突」は、翁が“鉱山王”と呼ばれるまでの昇竜の過程を示して詳しい。
❺下松市に荒神山を削り海を埋め立てて18万人が住む“理想工業都市構想”をうちたてたが、アメリカの鉄鋼不況の影響で❻計画を断念した。❼の下松工業高校開校や❽〜⓭の企業誘致は、翁の進出構想がもたらしたありがたい余禄であることは前稿で触れた。
⓫東京白金の自宅跡は現在都内でも有数な結婚式場、レストラン「八芳園」になっている。元々は天下のご意見番大久保彦左衛門の旧宅であって、翁はここで孫文をかくまったという歴史情緒あふれる建物。1年前、八芳園から下松商業開発に「笠戸レモンサイダー」の注文が入った。聞けば、久原翁と下松の因縁は全く知らなかったとのこと。何という奇縁。上京の折には敢えてでも一度は食事に訪ねていただきたい。
もうひとつ…NHKの朝ドラ「らんまん」、植物学者牧野富太郎が借金過多で新聞紙上で援助を求めた時に救済の手をあげた篤志家2人、このひとりが久原翁であった。この時に牧野氏が久原翁を選んでくれていれば、翁を大河ドラマに押し上げる強い要素になったのにと残念でならない。
国井下松市長や下松商業開発の金織社長は昨年、小坂町康楽館高橋竹見館長、日立市共楽館の大畑美智子理事を招き、本市郷土史家田村悌夫氏を交えて久原房之助がテーマのシンポジウムを開催した。この12月1日に始まる「WE LOVEくだまつフェスタ」のなかでは、細越満小坂町長を招く計画があると聞く。
日立市、小坂町、下松市の2市1町が久原房之助翁という巨星のご縁の元に交流を深めることで、新しい展開が創造されることを期待するものである。
…がどうでしょうか。
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