コラム・エッセイ
№33 日本はダメになっていない5…我々は次世代に今の過大な 借金をゆずっても平気でいられるか
独善・独言松下政経塾の塾頭であった上甲晃氏のテープを20年ぶりに聞いた。①「松下幸之助翁は今のままでは日本丸は沈没する、政治には“百年の計”が必要だと立志し政経塾を立ちあげたが、②今日の国の借金状況を知ると既に破綻沈没してしまったと嘆くであろう」と語っている。国の借金は、①のこのままではと思った時点では200兆円、②の破綻した20年前でも700兆円に過ぎなかった。そして現在、その額は1,200兆円にまで膨む。
前稿で『失われた30年のツケは巨額な国家の借金として収れんした』と結論づけた。国と地方の借金の圧縮が国家課題になって久しい。現代人は孫子の代に言い訳できない額の負の遺産を“ゆずる”ことになりそうな状況にある。
世の中には国債増加は問題なしと云う意見もある。
❶❷のMMT理論は知識人のなかでも主張が対立している。償還負担も金利上昇リスクも日銀が吸収できる…そんな玉手箱のような話があろうか。また、現在の円安の進展の要因に過大な国の借金→円の価値の低下という要素が関連していないというのか。
❸は高橋氏ほかから様々例示はあるが、国の仕組みの判らない私には理解の外。しかし換金可能で売却しても困らない遊休資産が国にたくさんあるとは考えにくい。
毎年確実回収できる徴税権があるという主張もあるが❹、すでに国債費(元利償還金が)20兆円程度が固定的にあり、また軍事費、少子化対策費と今以上の歳出負担増は確実。それをどうみるのか。
❺の森永卓郎の本をいやいや買って読んだ。❶~❹を総括するような筋書で財務省の「緊縮財政路線は欺瞞である」と物語り的に中傷しているが、偏りがひどくて腹におちてこない。
以上、これらの理屈にはそれぞれ否定できない真理があるのは間違いない。しかし、1,200兆円の借金というレベルは、そのような“屁理屈”が通用しなくなった段階とは言えないか。
「期間衡平性」…現在の住民が作ったコストを次世代に先送りしない…という大原則がある。この我々が作った巨額な借金を次世代に引き継ぐことに何の責任感も持たなくて良いのかということ。
C表は知人に紹介された河井酔茗の詩「ゆずり葉」である。ゆずり葉の古い葉は新しい葉ができると入れ替わり自分の持つ良いものをすべて譲って落ちるという。我々は今孫子の時代に“良くないものをゆずる”ことを黙認している。
松下翁は財政改善の推進策として「政治のムダを省く、それには政治に経営感覚が必要」と訴えている。私は次稿以降「行政が自ら稼ぐ省く」を主張していきたい。
ともかく、借金増→円の価値の低下→円安の極端な進展がないことを祈るばかりである。
…がどうでしょうか。
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