コラム・エッセイ
No.95 私の珍名さん物語2・北別府も東国原も外木場も稲盛も五百籏頭も班目も仁志も…そして周囲の方々もロマンである
独善・独言「私の珍名話し」の続稿である。
㊀最近知り合った人に一氏㋷(ひとうじ)さんがいる。薩摩半島南端の「頴娃(エイ)」の出身というから思いだした…30年前に小倉で交遊した鹿児島出身の方が『薩摩の方言は難解だが特に頴娃の地域はナマリがひどく県内でも“エイ語”と言われている』と教えてくれた愉快話し。
それにしても薩摩藩の排他主義は苗字も同様であり、極端、全国の珍名の何割かは琉球を含め旧薩摩藩領から生まれていないか。北別府㋦、東国原㋸、伊集院㋾、假屋崎㋻、外木場㋕などなどなじみの3文字姓があふれている。稲盛和夫㋵の稲盛も薩摩ゆかりの珍名。印刷工場の次男に生まれ徒手空拳から事業家として成功するとともに現代のオピニオンリーダーとして多くの信者を生んだ。私もその端くれである。
なお、地元下松車両のオーナー俵積田さん㋟は鹿児島県出身。ナントおめでたい苗字ではないか。ことばも薩摩弁を使ってはばからない。なんと痛快ではないか。
㊁学者や知識人には縁がないので政府の歴代首相のご意見番五百籏頭(いおきべ)真氏㋹が「知の巨人」と呼ばれたという価値はワカラナイ。古代からの名族というが読むのを避けたくなる難解苗字である。
同じく班目春樹㋞氏の班目も古代からの由緒ある姓らしいがこれは読める。氏が原子力安全委員長のときに亀井静香衆院議員が正確で納得できる説明に欠けると「マダラメでなくデタラメだ」と批判したからであるが…亀井発言にはサービス精神がある。
金田一京助㋡は多くの国民に影響を与えた言語学者である。ところがその子もまたその子も言語学者であるらしい。ただ、さらにその子=京助氏のひ孫は舞台演出者というから何か救われた気分になる。
ついでながら横溝正史は、読者にウケル探偵の名前を探していたところ、隣家の金田一京助の実弟の表札が目に留まり、金田一京助という著名人を想起して「金田一耕助」という探偵名を思いついたとそうである。これにもロマンが伝わる。
㊂私が関係する大城ホテルの支配人は保正㋧さんという。仁志敏久㋤はジャイアンツの二塁手だった。私の慕う先輩は信常㋶姓である。保正は正義を、仁志は相手を思いやる心を、信常は信義を…それぞれ貫くというように読めないか。
ほとんどの苗字が出身地から発生している。そのようななかにあって3人の祖先はこの特異な「誠」を表わす姓を初めて名乗ろうとした際に、一族の将来にどのような考えをめぐらせたであろうかと清々しく想像するのである。
㊃アクト西京の創設メンバーは皆川さんと安念㋰さん。二人の真剣な取り組みと後輩の指導が、現在の想定以上の隆盛をもたらしたものと受けとめている。知り合いゼロの遠路の地でガンバル二人を居酒屋で慰労したところ、デザートをお代わりしたのには私もサイフもおどろいた。
皆川姓は東には多いが西日本にはほとんどみられない苗字である。宍戸や富樫や小菅や高梨も同様で、全国に2万人以上も存在するが東に固まっていることに興味が湧く。
安念という小坊主のような姓は富山県に多く、彼女も確か氷見高校の出身である。
競技者から離れた二人が今も、元気で彼女ららしく活躍していると聞き安堵の思いになる…次稿に続く。

