コラム・エッセイ
No.106 映画「国宝」の賞賛が理解できない 歌舞伎や古典芸能がわからない 世襲の壁のある世界が嫌いである…私だけか
独善・独言㊀家を出て岡山の大学に進む1週間前、父親は私にそれまで一度も手にしたことのなかったフォークとナイフで毎日食事をするように促した。私は美祢市の山奥に生まれた田舎者である。
㊁大学の友人がダンスパーティーが縁で女性と付き合いだした。うらやましくはあったが、盆踊りのステップさえできない私は、当時はやった“ダンパ”をのぞいたこともなかった。
交響楽のコンサートは退屈で初めから眠る時間と決めて、いやいや参加している。最後のアンコール時の出たり入ったりする茶番劇にはいたたまれない思いになってしまう。
最も好ましい食の一番は“酒を飲みながらのおでん”である。「ワインがウマイ」、「そばはおいしい」という会話には入れないでいる。
㊂美しい景色には感動する。歌謡曲なら得意である。書き留めている短歌、俳句はたくさんある。しかし、絵画・美術をみる目はなく、詞のない音楽は耳に入ってこない。舞踊やダンスはなぜ手足を上げたり伸ばしたりするのか意味がわからない。ましてや古典芸能になると価値を理解しようとする気にもならない。
このような上品でない、深みのない、物の見方が偏っていて貧しい…そのことを自覚している人間はこの世で私だけではあるまい。
㊃映画「国宝」を観た。様々な称賛の世評を読んだが、その多くが私には理解の外であった。
ストーリーは起伏に富んでおり、助演のあの渋面が嫌いな渡辺謙を除けばキャストにも文句のつけようがない。しかし、肝心の歌舞伎の価値…舞踊や所作、セリフ、長唄の崇高さはまったく胸に迫らなかった。
一番違和感があったのは「田中民」の「鷺娘」の舞。「おそろしいほどの“妖気”がただよい出ていた」とか、「画力に震撼した」とかの評を読むにつけ、“80歳の醜態”にしかみえなかった私の眼力に、“忸怩たる思い”とはこんな時に使うのだと別の思考が情けなく浮かんできた。
㊄そんなことではと思って、思い切って博多座の「市川團十郎」を観劇に行った。3階の立見席…それでも6,000円であった。
結局何を語っているか耳に入ってこなかった。ストーリーに重みを感じなかった。衣装や振る舞いにも心が湧きたたなかった。隣の訳知り顔のオッサンが大声で「成田屋」を連発することが耳障りで中途で退場した。私がこれ以上歌舞伎に接近することはあるまいとその時は思った。
㊅「伝統芸能の価値とは何か」をAIに問いかけてみた。歴史、文化の継承、美意識の探求等の常識的な回答に加えて「日本人の“根”を知るという精神的価値にある」とあった。
日本人の伝統という側面では私は「ことば」の変遷に興味がある。戦後80年、農耕離れ、和装ばなれなどが革命的に進み、「ことばの本質」が忘れ去られようとしている。「馬脚をあらわす」とか「袂を分かつ」とかはフツーに使って違和感がないが、その語源は知る必要もなくなっている。ことばという面には、その“根”がなくなってきていることがわかる。
そうか、歌舞伎には日本人の“根”があるのかと思い返す。偏らずに、その精神的な価値をさぐる姿勢を日本人として放棄してはいけないのだと考え直す。
㊆映画「国宝」の主人公のモデルは坂東玉三郎だと聞いた。歌舞伎俳優はすべて世襲と決めつけて、こんな閉鎖社会に価値があるのかと忌み嫌っていた。が、この斯界の頂点を極めた「人間国宝」坂東玉三郎が非世襲であったとは初めて知った。
「真山仁」著、「玉三郎の風を得て」を読んだ。玉三郎の美意識に関して多くのページが割いてあったが、やはり私の感性では一行も共感できるところはなかった。しかし、師匠である「守田勘彌」との葛藤については文脈以上の極限的な行き来があったのだろうなと、これを乗り越えたことで世襲の壁を破ることができたのだろうなとが想像ができた。
伝統芸能への興味が少しだけ…。
