コラム・エッセイ
No.107 2025年…我々はトランプ革命⇒これまでの秩序や慣例や既得権益への破壊行為をどう学べばよいのだろうか
独善・独言私が思う昨年の重大ニュース。
㊀オバマは大統領就任時に「チェンジ」と訴えたが、2025年のトランプの1年はそんな生やさしいものではなかった。秩序の慣例の既得権益の「破壊」というものではなかったか。関税の見直しも暴力的ではあったが、移民阻止、WHOや気象変動合意からの離脱、化石燃料重視への転換、国際開発局廃止と職員解雇、そしてベネズエラ…変革より破壊という表現がふさわしくはないか。
事の是非はともかく、このような“これまで見て見ぬふり”をしてきた課題に圧倒的に対応することが潮流になってほしいと思う。また、この「トランプ革命10年後の“成果”はどうか」を精一杯長生きして確かめたい思いになるが…どうでしょうか。
㊁女性のトップが誕生した。80年前は女性の参政権さえなかっ国で、「女は家にいるもの」と決めつけていた時代から50年程度しか経過していない国に…よくぞと思う。夫婦別姓の壁が打破できないが、麻生太郎や櫻井よしこがいなくなる時代になれば…なんであのような議論をしていたかというような時代がきっとくる。
ただ、女性の無理矢理の登用には首をかしげる。女性大臣の人数などの数合わせ報道にはウンザリする。優遇する(判りやすく言えば人事にゲタをはかせる)対象は⑴結婚して子どもがいる。⑵結婚して子どもなし、⑶未婚…この3ケースの中で⑴だけで良いのではないか。それが真の男女平等というものではなかろうかと思うが…どうでしょうか。
㊂高市発言に対する中国国家のオトナゲナサに呆れている。ただ、評論のなかで欠けていると感じることが2点。ひとつ…昨年は戦後80年ということで読売新聞は年間を通じて“戦争の悲劇話し”を報じてきた。しかし、対戦国の中国人や統治した朝鮮人の戦時の辛苦にはまったく触れていない。戦争犠牲者は日本人350万人対して中国人は1千万人以上という。土地を奪われ強制労働を強いられた満州や朝鮮の住民は山ほどいよう。そこには日本以上の悲話、憤懣があるであろう。日本はそのことに真剣に向きあってきたといえるのか。
もうひとつ…敗戦の反省から非武装中立の憲法を定め周辺国を安心させた日本だが、「自衛に限定する」と理屈をつけて再軍備した。それが今では世界8位ともいわれる軍事力に膨張し、集団的自衛権にまで拡大した。このような経緯を周辺国が欺瞞だと戦前を想起し、警戒することはないであろうか…どうでしょうか。
㊃災害、交通事故、殺人等の“不慮の事故”で亡くなる人数は、伊勢湾台風、神戸や東北の大震災、サリン事件等の大惨事の年を除けば毎年4万人前後で推移しているが、昨年はそれが最少ではなかったろうか。大きな火災があったり水害や地震も起きたが、一度に二桁の方が亡くなった事象があっただろうか。本紙の周南3市の昨年の10大ニュースの記事においても、事件・事故関連はゼロであった。
近時減少が著しいのは刑法犯と交通事故。なかでも暴力団の抗争がらみや飲酒運転での死亡事件数は“劇的”と表現できるほど減ってきている。警察や地方自治体の永年の対応力の充実度合いをもう少し評価しても良いように思うが…どうでしょうか。
㊄亡くなった二人、ミスタープロ野球長島茂雄とゴルフを大衆スポーツに押し上げたジャンボ尾崎、貢献度は甲乙つけがたいヒーローである。20年前、宇部カントリーのツアー会場で妻が「尾崎と握手する」と通路で待ち構えたが、眉間にしわ寄せた他を寄せ付けない迫力にたじろぎスゴスゴと帰ってきた。ここがあの長島とは大違い。二人への弔意に大差がでたのはやむを得ない。ただ、晩年の尾崎が指導者として一定以上の評価を受けていることに救われた思いでいるが…どうでしょうか。
㊅一番はやはり大谷。ただ、今年も報道番組で大谷の活躍に喝采した後に「次はベネズエラ情報です」と言われてもスンナリ受け入れられる日本人…どうでしょうか。
