コラム・エッセイ
No.123 老境2・「酔うほどに旋盤の話旋盤工」「酔ふてこほろぎと寝てゐたよ」「湯豆腐やいのちのはてのうすあかり」→詞と酒です
独善・独言周南文化協会会長の西崎博史先生は私と同じく本紙にコラムを連載されている。題して「季節の中で」…四季折々の詩歌を紹介されており嬉しく拝読している。私の与太話とは大違いの上品さや清々しさ奥深さを学ばせていただいている。そこで私も少し背伸びをしてこれまで自分の心をうった歌や句をお伝えする。私の老境歌である。先生にならって丁寧語にさせていただく。
① 散れば咲き散れば咲きして百日紅
千代女作。困難に直面したときには夏の暑さのなかで粘り強く咲き続けるこの花に後押しされて「もう少し頑張れる」と自らを鼓舞してきました。息子の栄達を祈る私の父は叔父の縁起が悪い(スベル)という助言に従い、このさるずべりの木を裏庭に移し替えたという話を後日ありがたく聞きました。
② 酔うほどに旋盤の話し旋盤工
55年前、就職する直前に新聞投稿欄で知った川柳です。私も勤めだしたらこの旋盤工のように自分の仕事を好きになりたい、誇りをもちたいと思わせた句でありました。そこで私は「酔うほどに銀行の話し銀行員」をめざしたいと…飲み続けてきました。
③ 帰宅した頬に涙の跡がある
汗というから汗にしておく
30年前、何かのコンクールで一等になった歌です。母親は息子を放置してはおりません。3人の男の子を育てあげた女性に「この歌には何かあったら命をかけて子どもを守るという決意が窺えますね。あなたにもそのような経験がありますか」と問いかけたら、母の目から涙があふれてきました。
④ ばあばあが一番好きと言われしを 誰にも告げずしまいておかむ
⑤ 「ねえ聞いて」やりきれないこと数多(あまた)あり 母の遺影に坐りこむ夕べ
④は著名人の母の句。私も妻と孫を奪いあっていますが、ばあ様→母娘→孫娘という強固なラインを崩せません。
⑤妻の友人の句。私も亡き父に時折問いかけますがこの母娘の世界には届きません。
⑥ バレンタイン 父の戦果に目をみはり
私の句です。バブルの時代、社内から、また、はしごをした飲み屋から両手に余るほどのチョコレートを持ち帰りました。「パパはモテルのだ」と小学校高学年の生意気盛りの娘に“溜飲をさげた”できごとでした。
⑦ 曼殊沙華 湖底に咲いた日々のこと
米泉湖プロムナードで見た句です。ダムで沈んだ故郷を偲ぶ心持ちが切なすぎませんか。彼岸花はいつもの場所にいつもの時季にパッと咲いてパッと枯れてしまいます。「今年も小学校の頃と同じ場所に咲いてくれたな」という郷愁は、田舎じまいをした私には二度と味わえません。なお、この米泉湖のプラムナードの創設管理に尽力しておられる河村正浩先生に、笠戸島にも作ってほしいと懇願しております。
⑧ 不来方(こずかた)のお城の草に寝ころびて 空に吸はれし十五の心
西崎先生が取上げられた詩歌のなかでひとつだけといわれれば啄木のこの歌になります。この地を荒らしていた鬼をこらしめたところ、二度とこの地に来ない(=こずかた)と約束して岩に手形を残したという「岩手不来方伝承」があることを最近知りました。
⑨ 酔ふてこほろぎと寝てゐたよ
数あるなかで最も共感している山頭火の句です。私は前項⑧の「空に吸われし十五の心」などという感傷的な青年時代を過ごしてはおりませんが、この「酔ふて…」の句は酒と共生している私を陶酔させる趣を感じています。つまり私の句なのです。ぜひ一度あの岩手不来方城に登って、酒を満足するまで飲んで、挙句に空に吸われてみたいと思っています。…私のロマンを笑わないでください。
⑩ 湯豆腐やいのちのはてのうすあかり
⑪ がむしゃらに働きし汗ぬぐうかな
久保田万太郎作の句をふたつ。⑩の意味をAIに訊けば「過去の悲しいできごとを淡々と偲ぶ《老境歌》」と解説しています。そうですか「うすあかり」がみえていますか。
私も湯豆腐を注文します。湯気の向こうに自分の若い頃の姿…“がむしゃらに働いていた頃”のあれこれを確認しながら晴ればれ飲むのです…私の穏やかなアキラメ=諦観の時間です。
